旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」

旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」日本人とタイ人の優しさ【バンコク急行】第20回

「奥の細道」を辿る旅を続けている。芭蕉はその道のりを歩いて進んだ。ときどき馬や船も使っているが。

芭蕉のように歩く旅ではない。しかし芭蕉が進んだルートをできるだけなぞりたいという思いもある。となると、路線バスを頼りに旅を続けることになる。

宮城県の柳津駅。その駅前にあるバス停の前でぽつんと待っていた。11月の東北。暗くなるのは早く、冷え込んでくる。

寂しい駅だった。かつては気仙沼線の途中駅だったが、東日本大震災で線路が寸断され、終着駅になってしまった。

ここから登米市の中心街までバスがあるはずだった。1日4本。最終のバスは17時59分発。バス停に貼られていた時刻表にはそう書かれていた。あと40分ほどある。

少し先に道が見える。そこを思い出したように車が通りすぎる。それだけだ。

「バスはくるんだろうか……」

こんな寂しい場所で、バスを逃したらどうなるのだろう……。

何回か腕時計を見た。17時59分。すると目の前の道にバスが現れた。

「おぉぉぉ──」

つい口をついて声が出てしまった。同行するカメラマンの怪訝そうな視線に晒される。

「いや、本当にバスがきたものだから」
「下川さんはバスがこないと思っていたんですか?」

そう訊かれると困るのだが。

バスはミヤコーバスの運行だった。しかし登米市市民バスである。まったくの赤字路線で、市がミヤコーバスに運行を委託していた。運賃は一律100円。

つまり市民サービスバスなのだ。運転手は中年女性だった。

10年以上前のタイのチェンセンを思い出していた。ラオスからタイに入国した。チェンラーイまで行こうと思い、バス乗り場に立った。日が暮れはじめていた。タイだから時刻表など貼られていない。近くの人に訊いても、まだバスがあるのかはっきりしない。

1時間ほど待っただろうか。バスは姿を見せなかった。すると、おじさんが運転するワゴン車が現れた。無料でチェンラーイまで行ってくれるという。

タイの社会は優しいと思った。目の前のタイ人が直に差しのべる優しさがある。しかし宮城県の登米市にも優しさがある。

先日、日本で働くタイ人と会った。彼も10万円のコロナ給付金を受けとっていた。

「日本はタイよりいい」

といったが、日本人は優しいとはいわなかった。この違いを近代化とか民意といった話に展開させるか、人と人の関係に結びつけていくか。タイに暮らした日々を、登米市街地に向かうバスのなかで考え続けていた。


しもかわ・ゆうじ
アジアや沖縄を中心に著書多数。新刊は『12万円で世界を歩くリターンズ タイ・北極圏・長江・サハリン編』(朝日文庫)、『「生きづらい日本人」を捨てる』(光文社知恵の森文庫)。

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