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タイの孤児たちの「生きる」を支えて25年。日本人親子の波乱万丈な軌跡【1】

タイ北部チェンマイの中心地から、車でおよそ30分。緑豊かな田園風景が広がる静かな郊外に、ひときわ笑い声が響き渡る場所がある。

1999年、HIVに母子感染した孤児たちの生活施設「バーンロムサイ」を設立した名取美和さん(79)と、その娘・美穂さん(56)。親子二人三脚で25年にわたり、87名の子どもたちの人生に寄り添ってきた。

かつて死の淵にあった幼い命が大人になり、次世代を育み、新たなステージへと動き出す今。子どもたちの「生きる」を支え続けてきた親子の、壮絶な挑戦の軌跡を追う。

若い母親が残した言葉

「これは一体……」

1997年11月、チェンマイ。蒸し暑い病棟に足を踏み入れた名取美和さん(当時54歳)は、言葉を失った。

大広間の薄暗がりで、50名を超えるやせ細ったエイズ末期の患者たちが、簡易ベッドや床に横たわり、うめき声を上げている。

その多くは、若い女性や幼い子どもたち。医療スタッフの手が回らず、患者の遺体はそのままにされ、裏庭には棺桶が無造作に積まれていた。

「残していく子どものことが心配です」

まだ20歳にも満たない母親の一言が、美和さんの胸を突いた。

世界的ファッションデザイナーとの縁

1946年生まれ、16歳でドイツに渡って商業デザインを学び、CM撮影のコーディネーターや通訳、カメラマン、西洋骨董店の経営などに携わりながら、世界各地を転々としてきた美和さん。

腰を患い、塞ぎこんでいた母を案じ、娘の美穂さんが「気晴らしにタイに行ってみたら?」と提案したのが、すべての始まりだった。

滞在先のチェンマイで、友人のドイツ人女医に誘われ、エイズの末期患者を看取るボランティアに参加することに。そこで目にしたのは、1980年代後半からタイで猛威をふるうHIVの実態だった。

当時のタイでは、死因の第1位がエイズ。両親を失い、自らも母子感染した孤児が急増していた。

「残された子どもたちのために、私に何かできないだろうか」――美和さんの中に湧き上がった思いは、運命ともいえる縁を引き寄せる。

時を同じくして、古い友人を通じて繋がったイタリアの服飾メーカー、ジョルジオ・アルマーニ・ジャパン社の社員から、「自分たちの資金を社会のために役立てたい」という相談を受けたのだ。

「孤児たちの支援施設を作るのはどうでしょうか?」

美和さんが自身のアイデアを提案したところ、とんとん拍子で話は進み、ジョルジオ・アルマーニ氏本人から支援を受ける形で、構想は一気に動き出した。

バーンロムサイの始まり

1999年11月、チェンマイ南西部・ナンプレー村の緑豊かな土地に、HIV母子感染孤児のための生活施設「バーンロムサイ」が開園した。

タイ語で「ガジュマルの木の下の家」を意味するこの名前には、「大きな木の下で皆が集い、支え合う家族のようにすべての子どもたちに安らぎと希望を与えたい」との願いを込めた。

バーンロムサイの開園当初、庭に植えたガジュマルの木

 

第一期の入居者は、国立孤児院から受け入れた乳幼児から幼児まで30名。医療の知識も、施設運営の経験もない。すべてが手探り状態だった。

それでも、若くしてこの世を去った母親の言葉を胸に、誓った。

「子どもたちをなんとしても守る」

こうして、波乱の歩みが幕を受けた。

死と向き合う日々

「当時はまるで、戦場のようでした」

開園から数ヶ月、美和さんはタイ人スタッフや日本人ボランティアを含め12名と、慣れないケアに追われていた。

高熱にうなされ、嘔吐や下痢を繰り返し、夜通し泣き続ける子どもたち。「少しでも苦痛を和らげてあげたい」と、藁にもすがる思いで、漢方薬や硫黄風呂などあらゆる手段を試した。

「人手が足りない、物資が足りない、すべてが足りない。入れ替わり立ち代わり子どもたちが体調を崩して、常に空気が張りつめていました」

眠る間もなくおむつを替え、食事を作り、寝かしつける。東京でデザイナーとして働く美穂さんは、3、4ヶ月に一度のペースでチェンマイに渡航し、活動をサポートした。

衰弱していく子どもたちを必死に看病した

 

だが無情にも、子どもたちは次第に衰弱し、表情が消えていく。バーンロムサイ設立から3年の間に、10名の幼い命を看取ることになった。

モン族出身のピチット少年もそのひとり。昆虫たちの営みに心ときめかせ、食べたスイカの種を庭に埋め、絵が上手だった彼は、6歳で息を引き取った。

「なんの罪もない彼らが、どうして……」

美和さんは最期までその体を抱きしめ、小さな手を握り続けた。

「僕、学校に行きたい」

「あそこに行ったら病気になる。近づくな」

開園当初のバーンロムサイは、村の中で孤立した存在だった。郵便配達人でさえ敷地に入ろうとせず、石が投げ込まれ、看板が壊されるなどの嫌がらせも珍しくなかった。

母子感染したHIVの子どもは4、5歳で命を落とすと考えられていた時代。「学校に通わせる」という発想すらなく、施設のなかだけが子どもたちの世界だった。

そんなある日、当時8歳のナット少年がつぶやいた。

「僕、学校に行きたい」

ナット少年(9歳当時)と美和さん

 

ハッとした。近所の小学校の校長の理解を得て、子どもたちは大喜びで入学したものの、保護者の猛反対であっけなく追い出されてしまった。

学校の近くを散歩すると、子どもたちが寂しげな眼差しを向ける。美和さんは唇をかみしめた。

命を繋いだ抗ウイルス薬

2002年、バーンロムサイの運命を変える転機が訪れる。タイ国内で、抗HIV薬の供給が始まったのだ。

「子どもたちが助かるかもしれない」

希望と同時に、美和さんの心は激しく揺れた。薬を使えば、子どもたちは一生飲み続けなくてはならない。それは一時的な救済ではなく、生涯にわたるケアの覚悟が求められることを意味していた。

「子どもたちの一生を背負えるだろうか」――半年間、葛藤し続けた。

決断を後押ししたのは、さらなる死の知らせだった。2002年10月、日本での展示会のため帰国していた彼女のもとに、「ゴルフが亡くなった」という連絡が入った。

「もういい。とにかく薬を飲ませよう!これ以上、誰一人死なせたくない」

学校に通えなかった頃のホームスクールにて

 

2002年11月、5名の子どもたちが抗HIV薬による治療を開始。その効果は劇的だった。わずか1ヶ月で、口内膿瘍や全身湿疹に苦しんでいた症状が次々と改善。やせ細っていた頬には肉が戻り、かつて死の淵にいた彼らの瞳には生命の輝きが甦った。

「子どもたちが大人になれる。ならば、自立への道筋もつけなければ」

抗HIV薬の効果を目の当たりにした名取親子は、運営の方針を大きく転換する。それまでの「救命」を中心とした活動から、「将来の自立」を見据えた教育と経済的基盤づくりへと舵を切った。

「ボランティアや寄付だけに頼らない運営を目指そう。そして、子どもたちが自立できる場所をつくろう!」

【2】へ続く。

(取材・文/日向みく)


名取美和さんが受賞した「社会貢献者表彰」とは

「社会貢献者表彰」では、広く社会のため、人のために尽くされている方を募集しています。

公益財団法人社会貢献支援財団は、1971年(昭和46年)より「社会貢献者表彰」事業を始め、毎年表彰を行っています。この表彰は、国内外において社会と人々の安寧・幸福のために尽力し、顕著な功績を挙げながらも報われる機会の少なかった方々を讃えるものです。 表彰対象者の選定は、一般の方からの推薦に基づいて行われます。皆さまからの推薦を心よりお待ちしております。

<対象となる功績>

● 困難な状況の中で努力し、社会の安寧や幸福のために尽くされた功績
● 先駆性、独自性、模範性などを備えた活動により、社会に尽くされた功績
● 海の安全や環境保全、山や川などの自然環境や絶滅危惧種などの希少動物の保護に尽くされた功績
など

推薦方法の詳細は当財団のウェブサイトをご覧になるか事務局までお問い合わせください。
WEB:www.fesco.or.jp
推薦フォーム

<候補者について>

●年齢・職業・性別・信条などの制限はありません。
●日本で活躍する方、もしくは海外で活躍する日本人を対象とします。

公益財団法人 社会貢献支援財団

WEB:www.fesco.or.jp
Facebook:www.facebook.com/fescojp
E-mail:fesco@fesco.or.jp


バーンロムサイ

WEB:www.banromsai.jp
Facebook:www.facebook.com/banromsai

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