旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」

旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」露呈した、社会の脆弱性【バンコク急行】 第13回

タイでロックダウンがはじまった3月末頃。バンコクにある会社がリモートワークに切り替えようとしていた。社長は日本人。スタッフはほぼ全員がタイ人だ。

準備を進めながら、社長にひとつの疑問が湧いた。
「皆、家にWi‐Fi環境はあるんだろうか。ネットを使った会議もしなくちゃいけないから、Wi‐Fiがないとつらい」

そこで社員に訊いてみた。すると全員が家にWi‐Fiが備わっていたという。

その話を聞いたとき、僕は、少し戸惑ってしまった。タイ人の家はそこまでいっている……。
日系企業に勤めるタイ人である。恵まれているのかもしれない。半分ほどは実家から通っているが、残りは地方の出身だという。
東京の企業がすぐにリモートワークに移行できなかった理由はWi‐Fiだったといわれている。スマホでことが足りてしまい、家にWi‐Fi環境がない人が多かったのだ。重いデータのやりとりや、ネットの会議は会社のパソコン。それ以外はスマホ派が多かったのだ。しかしタイ、いやバンコクは……。

新型コロナウイルスの蔓延は、世界のグローバル化に歯止めをかけたといわれる。それは大規模な世界の動きの話で、ひとつの国を見ると、階級社会がより鮮明になった面がある。すでに陳腐になりかけていたホワイトカラーとブルーカラーという言葉が復活した。

リモートワークが可能な人々はホワイトカラーで、感染リスクも少ない。ブルーカラーは、怖いと思いながらも、マスクをつけて仕事に向かわなくてはならない。シンガポールで出稼ぎインド人やバングラデシュ人の間で一気に感染が広まった理由でもある。

バンコクも同様で、いま、街を支えているのは、ミャンマー人やカンボジア人など近隣国の人々であることが浮き彫りになった。その構造が、感染拡大の第二波、第三波の危険を孕んでいる。新型コロナウイルスとの共存ということは、そういう社会を意味している。

世界はとりあえずの正常化に向かいつつある。その動きを止めるのは、社会構造でもあることに気づいている人は多くない気がする。それはタイだけの問題ではない。世界に共通した危惧である。新型コロナウイルスは、グローバル化を内包してしまっている各国の現実をあぶりだそうとしているように思うのだ。


しもかわ・ゆうじ
アジアや沖縄を中心に著書多数。新刊は『12万円で世界を歩くリターンズ タイ・北極圏・長江・サハリン編』(朝日文庫)、『「生きづらい日本人」を捨てる』(光文社知恵の森文庫)。

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