旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」

旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」 〝麺〟をめぐる、タイと日本の違い【バンコク急行】第24回

 

打ち合わせが終わり、何人かで昼食という話になった。バンコクのオフィス街にあるクイッティオ屋に入った。

ひとりのタイ人女性がこう注文した。

「麵抜きでね」

日本でもネギ抜きを注文する人がいるが、麵抜き……ここはクイッティオ屋だ。

「ダイエット?」

そう訊くと、女性はこう答えた。

「それもあるけど、麵があまり好きじゃないの。でもこの店は具がおいしいから」

出てきたそばには、大きめのフィッシュボールや焼豚がたっぷり載っていた。手ごたえのある味だったが、女性が口にした「麵があまり好きじゃない」という言葉が気になってしまった。

思い返してみると、タイ人の口から、「あの店は麵がおいいしい」という会話を聞いたことがない。店を選ぶ基準はスープや具のように思う。実際、クイッティオ屋の麵に店による大きな違いはない気がする。

タイにはガオラオという料理がある。豚の血を固めたものが入ることが多いが、味はあっさり。そばの麵を抜いた料理と説明しているタイ料理解説もある。

転じて日本。麵へのこだわりは半端ではない。細麵、太麺、縮れ麵……。手打ちという幟もよく見かける。麵への思い入れは、そばやうどんにも広がる。コシの強さは好みに通じ、うるさい人は啜り方まで指南する。

啜る──。そう日本人は麵を啜る。だから麵へのこだわりが生まれる。しかしタイ人は啜るというより、食べる感覚で口に運ぶ。コロナ禍以前、多くのタイ人が日本にやってきた。何回かラーメン屋に行った。タイ人のなかには、麵をレンゲに盛って口に運ぶ人が少なくない。それじゃおいしくないでしょ……と思うのだが、彼らは満足な顔つきだった。

啜る麺から食べる麵へ──。日本から麵を辿って南下していく。変節点は沖縄のように思う。沖縄には沖縄そばがあるが、これはかつては食べるそばだった。最近の沖縄は本土化が進み、啜る傾向が強まっているが……。

小ぶりの丼に山盛りの麵。麵のコシは弱く、食べる感覚が強かった。沖縄のコンビニに行くと、「朝すば」がある。「すば」は「そば」の沖縄方言だ。これはカップのなかに沖縄そばが入っていて、湯を注ぐだけ。麵のコシは弱い。食べる麵の感覚。つまり消化がいい朝用麵なのだ。

食べる麵文化圏の特徴は、朝、そばを食べるかどうか……のように思う。その変化が沖縄で表面化し、台湾からインドシナへと南下すると、朝そばは珍しくなくなり、反比例するように麵へのこだわりは薄くなる。

タイのクイッティオ屋のテーブルで、そんなことを考えながら、僕は麵を……啜る。

 

下川祐治
(しもかわ・ゆうじ)

アジアや沖縄を中心に著書多数。新刊は『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ』(朝日文庫)、『台湾の秘湯迷走旅』(双葉文庫)。
   『下川裕治のアジアチャンネル』

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