タイの男は経済的に頼りない……。そんな話を、未婚のタイ人女性からよく聞いた。その裏には、若い日本人を紹介してほしい、という願いが潜んでいた。
多くが海外留学を経験していた。外国の男性の経済力を知っていた。いや、家庭を守ろうとする上での経済力といったらいいだろうか。
しかしタイも豊かになった。中間層が生まれ、きちんと会社に勤める男性が多くなった。
これでタイ人女性も……。
結婚するなら、やはりタイ人男性がいいのに決まっている。
ところがそこに「オタ」が出現してきてしまった。「オタ」は日本語の「オタク」が起源。「オンセン(温泉)」同様、最近のタイで広まった日本語だ。つまり、タイ人のオタクが増えているというのだ。
オタクを社会学的に分析すると、中間層と物語の喪失がキーワードになるという。高度経済成長を経て日本人が手に入れた中間層という豊かさが、オタクのゆりかごである。そして学生運動が挫折するなかで、大きな物語が失われていった。
それをタイに当てはめてみる。タイ人男性のオタを育てたのは、タイの中間層家庭だ。自分だけの部屋を与えてくれたこともオタには好条件だった。物語の喪失は、タクシン政権からはじまった赤シャツ派と黄シャツ派の対立? あるいはプミポン前国王の死だろうか。
タイのオタはいま、BNK48に収れんされている。AKB48のグループのひとつで、いままで高根の花だったアイドルを身近な、自分が育てていくような錯覚を持たせる秋元康お得意のプロデュースだ。
タイ人のオタはいま、生育期だから、普通に働き、女性と付き合う年齢の男性が多い。しかし部屋にはBNK48のCDが50枚以上あったりする。それを目にしたタイ人女性は不安に駆られる。
彼ってオタ?
タイ人男性のオタは今後、さまざまな分野に定着していくだろう。いや、もう広がっているのかもしれない。そしてオタの本質が浮上してくる。
自分が興味をもつことにしか熱が入らない──。
「そんな身勝手な人じゃ、結婚生活に向かないじゃない」
全員がというわけではないが、自分が結婚生活に向かないという意識は、日本のオタクの多くが共有しているという。
豊かになったと思ったら、タイの男はオタに走ったか……。
タイの女性はいま、天を仰いでいるのだろうか。
旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」 ー バンコク急行
しもかわ・ゆうじ 旅行作家。1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。最新刊は「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(KADAKAWA)。月2回、バンコクで文章の書き方講座を続けている。現在、クラウドファンディングサイト「A‐port」にて、バングラディシュの小学校校舎修繕のプロジェクトも立ち上げている。