旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」 バンコク急行

旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」 生理的な時間【バンコク急行】第21回

興味深い公式がある。
時間は体重の4分の1乗に比例する。

ここでいう時間とは、時計が刻む時間ではない。生理的時間ともいわれる。
体重が多い……つまり大型の動物の生理的時間は、小型の動物よりゆっくり進んでいることを意味している。それは心拍数、血液が循環する速さ、呼吸数などから証明される。

時間──。突き詰めて考えれば、私たちは皆、少しずつ違う時間のなかで生きているということになる。
国が変われば、そこに流れる時間も変わってくる。

まだ携帯電話が普及する前、バンコクにいる知人に電話をかけることが何回かあった。受付の女性の声が聞こえ、知人の名前を告げると、
「ローサックルーナ(少々お待ちください)」

その少し甘えたようなタイ人女性の声を耳にしたとき、デスクの上で、「カクッ」っとなった。東京と進む時間が違う……。こちらの焦る思いが、タイの暑い空気のなかに吸い込まれていってしまう。

ミャンマーにいる知人に電話をかける。誰が電話に出たのかわからないが、知人の名を呼ぶ声がする。その間、街の喧騒が受話器を通して聞こえてくる。車の音、近くにいる人の話し声……。気分は一気にヤンゴンの街角に飛んでいった。

そんなとき、いつも思ったものだった。
流れている時間が違う。
それが生理的時間だと思う。

若い頃、「彼女に振られたら東南アジアに向かい、離婚したらインドをめざす」という格言じみた旅人話があった。
旅というものは、生理的な時間の進み方を少し早めてくれる気がする。少なくとも、日本に暮らすよりも。
その感覚のなかに旅があった。

先日、スマホをやめたという青年に会った。ガラケーとパソコンだけにしたという。
「スマホには次々に情報が入ってきて、物欲をかきたてられるばかり。ガラケーで相手と話をすると、なんとなくほッとするんです」
コロナ禍である。人と会うことが制限され、国を越えた移動も難しい。なんとかこの状況を打開しようと、日々の生活はネットにシフトしていく。僕もZOOMを使って会話をする。その時間が終わり、パソコンの画面の「終了」のボタンをクリックした後、ふと思う。

向こうの国の時間が伝わってこない……。
これがネット社会というものらしい。
しかし人はそれほど強くはない。生理的な時間のなかで生きている。
時間は体重の4分の1乗に比例する。
厳しいコロナ禍を乗り越えるひとつの方法論かもしれない。

下川祐治
(しもかわ・ゆうじ)

アジアや沖縄を中心に著書多数。新刊は『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ』(朝日文庫)、『台湾の秘湯迷走旅』(双葉文庫)。
   『下川裕治のアジアチャンネル』

 

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