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旅行に出る理由は人それぞれ。その時々の興味や気分によっても変わってくると思いますが、その中に「あの人に会いたい」という理由があってもいいですよね? 本コラムでは、タイ各地で暮らす日本人をDACO編集部が直撃。インタビューを通してそれまでの歩みや現地での活動を紐解くと同時に、その近隣の魅力的なスポットをご紹介していきます。
もともとアパレル業界でサラリーマンとして勤めていた山口さんが、豆腐作りの道へと足を踏み入れたのは2015年。そして今年8月、自分の名前を冠した「山口豆腐店」として豆腐人生・第2のスタートを切りました。ゆったりとした空気が流れる古都で、山口さんと豆腐作りの出会い、そして家族との暮らしについて話を聞きました。
北の古都からタイ全土へ!
50歳で踏み出した豆腐職人への道
「豆腐作りとは縁のない人生を送ってきました。それがまさかタイで挑戦することになるなんて思ってもみなかったです」。開口一番、予期せぬ縁に自身も驚いたと話してくれた山口さん。それもそのはず、日本ではリゾート会社の営業マンとして全国を奔走。タイで暮らすようになった理由も豆腐作りとはまったく関係のない、アパレルメーカーの新規事業立ち上げの命を受けてやってきたのだそう。
当時の勤務地はタイ最北端の県の一つ・チェンライ。現地の工房で縫製の指揮を執りながら、バンコクに出向くという日々を送って約20年。タイ人女性のリタさんと結婚し、長男の龍一君、長女の香さんという2人の子宝に恵まれた山口さんですが、50歳を迎えた年にある男性と出会います。それが、バンコクを中心に豆腐ブランド「卯の花」を展開する宮下社長でした。
「宮下社長とは知人の紹介でお会いしたんですが、ちょうどその頃アパレル事業の売り上げが厳しくなってきていて、自分のこれからを少し考えていた時期でした。宮下社長が起業したのもちょうど50歳だったらしく、また宮下社長が豆腐の修行をしたのも僕の出身地である山形県。その豆腐作りへの情熱に加えて、不思議な縁に背中を押され、僕の新しい人生が始まりました」。
家族と離れ、修行に専念
豆腐作りの基本を学ぶ
しかし、そう簡単に豆腐作りの技術は習得できません。2015年から山口さんは単身、バンコクにある卯の花工房へ。「チェンライに残してきた家族のためにも、早く技術を習得しなければ」と身を粉にして修行に励みます。そこで学んだのは、豆腐作りの基本のすべて。準備は前の晩から大豆を水に浸けるところから始まり、翌朝、水をたっぷりと吸った大豆をグラインダーで粉砕していきます。その後、釜に移してゆっくりと掻き回していくのですが、湯気と共に立ち上がる大豆の仄かな香りは幸せを感じる瞬間です(しかし、作業をしている本人は相当暑いのだとか)。全体に火が入ったら、圧搾機を使って搾り汁と搾りかすに分離。これが俗に言う「豆乳」と「おから」です。
その後、搾り汁に木綿豆腐専用・絹豆腐専用のにがりをそれぞれ入れ、数十分ほど時間を置き、型に移して固まるのを待ちます。その間に、次の豆腐作りに移るのだそう。絹豆腐は崩れやすいので型に納めたまま包丁を使って切り分け、木綿豆腐は専用の包丁で一気に25丁分カット。水槽でしっかりと冷やしたら出来上がりです。
こうして6年間、ほぼ休みなく工房に立ち続けた山口さん。2021年、卯の花の暖簾分けとしてチェンマイ工房をスタートさせました。
「前職でチェンライに住んでいた頃から、チェンマイは休みがあれば車でフラッと遊びに行ったりゴルフをしたりと、よく訪れていた街でした。その頃も今も、『きれいで居心地のいい街』という印象は変わりません。なんでこんなに居心地がいいんだろうと考えたのですが、僕が生まれ育った山形県に似ているんですよね。海から離れ、緑豊かな山に囲まれている大好きな街。ここで家族と一緒に暮らし、豆腐作りを行えるというのは僕にとって最高の環境でした」。
「タイの人たちの食卓に、自然と豆腐が並ぶ。
そんな日常を『山口豆腐店』で実現したい」
家族のサポートでコロナ禍を乗り切る!
豆腐は、基本的に大豆と水だけで作られています。シンプルだからこそ、原材料の良し悪しが豆腐に直結します。山口さんは豆腐の美味しさを安定させるため、質の高い安定した大豆と水を求めて奔走。自ら農家に足を運び、見つけたのがチェンマイ県メーテン群にある生産農家で採れた大豆「チェンマイ60」。そして、山に囲まれた盆地から生まれたチェンマイの上質な地下水をさらに濾過した純水を入手。納得のいく原材料をもとに、チェンマイでも豆腐作りに邁進していきます。
加えて、山口さんがこだわっているのは「衛生管理」。保存料を使わず、いかに豆腐を長持ちさせられるかを考え、見つけたのがRO水です。豆腐作りの際に使う型や包丁、ボウルなどすべての器具を使用前後に消毒した後、純水に限りなく近いRO水を使って洗浄することで最大8日の保存期間を可能にします。
その一方で、予期せぬ事態となったのが新型コロナウイルス(以下コロナ)の感染拡大。思うように事業が展開できず、八方塞がりに近い状態だった山口さんを助けたのはリタさん・龍一君・香さんでした。「子どもたちはチェンマイ大学に通っているのですが、コロナの影響でオンライン授業になったのを機に手伝ってくれ、本当に助かりました。2人の授業に合わせて豆腐作りは週2回だったんですが、最近は受注が増え、週3回になることもあります。嬉しい悲鳴ですね」。
動き出した「山口豆腐店」
バンコクでも販売開始!
「家族のサポートを受け、コロナ禍を乗り切った山口さん。今年8月1日、晴れて自分の名前を冠した「山口豆腐店」をスタートさせました。「豆腐作りに対する姿勢はもちろん今までと変わりませんが、やはり自分の名前をブランド名にしたことで、今まで以上の責任感を感じています。けれど、今でも『山口さんが作る豆腐』と私の名前で覚えてくださった方もおり、自分の豆腐に誇りを持って、これからも皆さんに美味しい豆腐をお届けしていきたいと思います」。
山口豆腐店の商品は現在、チェンマイのスーパーマーケットを中心に販売。また、バンコクの飲食店での取り扱いの他、シラチャでも日本人が多く住むレジデンス内で販売するなど少しずつ目にする機会が増えています。そして9月9日、サイアム髙島屋G階の「タカマルシェ」でバンコク初の販売が始まりました。商品は、卯の花時代から人気だった滑らかな口当たりと豆腐の旨味が広がる「おぼろ豆腐」を筆頭に、「木綿豆腐」「絹豆腐」「厚あげ」「油あげ」「豆乳」をラインナップ。加えて、最近では新たにおからを使った肉団子やハンバーグ、チーズケーキの冷凍食品が発売されるなど、商品のバリエーションを増やしています。
「タイで豆腐を作る身として、最終的にはタイの人たちに豆腐の美味しさを知ってほしいという想いが強くあります。今でも食べられてはいますが、それは外食時がほとんどですよね。まだまだ日常には浸透していないと感じています。家の冷蔵庫に豆腐がストックされ、自然と日々の食卓に並ぶ。うちの豆腐がそんな存在になれるよう、まずはタイの人が興味を持つレシピを紹介するなど工夫していきたいと思います」。
現在、サブスク(定額制サービス)やデリバリーなども計画中だという山口さん。今後の展開に注目です。
取材こぼれ話
Q. 豆腐作りを手伝い始めたきっかけは?
龍一君:「父が大変な状況だということは分かっていたので、それなら手伝おうと。妹と特に相談したわけではなかったですが、考えることは一緒でした」
Q. 手伝ってみてどうでしたか?
香さん:「以前はお父さんがバンコク、私とお母さんがチェンライ、兄がチェンマイと家族バラバラで暮らしていたので、こうして一緒に過ごせることが私は嬉しいです」
※2人とも、初めて見た山口さんの豆腐を作る姿に「家とは様子が違って見直した」と話していたのはここだけの話(笑)。
山口豆腐店/Yamaguchi Tofu
住所:37 Soi Wesali 5, Tambon Chang Phueak, Mueang Chiang Mai 50300
電話:081-884-1764(山口)
時間:毎日13:00〜17:00
【商品の購入・お問い合わせは下記まで】
Facebook:Yamaguchi-Tofu
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