その意味もわからないのに、聞いていて心地よい言葉がある。
僕がいちばん好きな言葉は広東語だ。中国語ではない。香港や広州を中心に使われている。
彼らはその語尾をのばす。それがなんとも味わい深い。とくに「ラー」。そこに込められた、親しみ、そして諦め……。この語尾を聞きたくて、香港映画のDVDを借りたりする。意味はまったくわからないというのに。
香港人がいま、頑張っている。僕のように、学生運動をかじってしまった世代は、報道される香港の若者の姿にうるうるしてしまう。インタビューに答える彼らの語尾がまたいい。
ロシア語の響きにほれぼれするときもある。あれはイルクーツクの駅の待合室だっただろうか。僕は列車を待ってそこに座っていた。しばしば列車案内が流れた。意味はわからないが、響きがいい。ロシア語はどちらかというと男性系の言葉にも聞こえる。
その伝でいうと、タイ語は脱力系だと思う。日本のオフィスからタイに電話をかける。受話器から、「ロー・サッ・クルー・ナ(少しお待ちください)」というタイ語が聞こえてくると、ガクッとくる。テンションが一気にさがってしまう。
タイ語の響き──という話になると、重ね言葉、オノマトペ……いや、幼児語とも聞こえてしまう音の世界が僕は気になる。
バンコクに暮らしていたとき、僕のふたりの娘は1歳と3歳だった。街にでると、彼女らはよく触られた。店員や銀行の職員の女性が、指先で二の腕あたりをツンと軽く突くように触る。そしてきまってこういう。
「プンプイ」。これは「ぽっちゃりした」という意味だ。遺伝子の関係だろうか。日本の幼児は、タイの幼児に比べてぽっちゃりしている。その肌の柔らかさをちょっと触ってみたいようなのだ。悪気はまったくない。歩道橋の上にいる物乞いの女性から、「プンプイ」といわれ、触られたこともある。
気になるのは、ぽっちゃりをプンプイと表現するタイ人の音感覚だ。一度、下の娘を連れて病院に行ったことがあった。小児科の女医さんは、パ行やハ行の言葉を連発していた。タイの子供は、この音に安心するのだろうか。
そういえば、ネットの世界でも、女性たちは、ムンミン(かわいい)、フルンフリン(キラキラしている)といった言葉をよく使う。
どこか幼い音にも映る。耳障りはいいが、深みがない。やはりタイということか。
しもかわ・ゆうじ
旅行作家。1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。最新刊は「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(KADAKAWA)。月2回、バンコクで文章の書き方講座を続けている。現在、クラウドファンディングサイト「A‐port」にて、バングラディシュの小学校校舎修繕のプロジェクトも立ち上げている。