新型コロナウイルスの感染が広まり、タイに隣接する国々との国境は、すべて閉鎖されている。
僕はタイの国境を、「アジア式開放国境」と呼んでいる。対外的には閉じられているといわれる国境でも、人の往来があるからだ。
境界の向こうに親戚が住んでいたりする。境界が小さな川なら勝手に渡り、夕飯に使う醤油を買って帰ったりする。彼らは国境の意味を知っているのだが……。
コロナ禍で国境は閉まっているというが、いま行ってみると、人の往来はあるような気がする。それがアジアだと思う。
7年ほど前だろうか、ラオスのホンサーという街から、タイのナーン県に入ったことがある。はたして越境できるのか不安だったが、実際に国境まで出向くと、なんの問題もなかった。
タイ側に入ると、一軒の食堂があった。そこでコーヒーを頼むと、出てきたのはカプチーノだった。
ラオスの田舎を旅してきた。毎朝飲んでいたのは、コンデンスミルクがたっぷりと入ったラオスコーヒーだった。しかしタイに入って世界が変わった。
カプチーノをつくることができるという背後には、牛乳を腐らせずに輸送する流通網が必要になる。コールドチェーンと呼ばれる。低温物流と訳される。生産者から消費者まで、冷蔵施設が途切れることなくつながっていなくてはならない。
そこからロットゥーと呼ばれる乗り合いバンでナーン県を南下していった。
カメラマンとのふたり旅だった。ロットゥーの窓越しに街の写真を撮っていたカメラマンが口を開いた。
「タイ人の女性って、あんなに肌が白かったっけ」
それはいつも思うことだった。タイ人女性は確実に肌が白くなった。日焼けを防ぎ、化粧もうまくなったのだろう。
「いや、違うよ。タイの女性はね、皮膚を1枚剥いだんだよ」
タイ人がいった言葉を思い出す。
ローククラープ。ヘビが脱皮するという意味だ。転じて肌が白くなったことをいう。イサンからバンコクに出てきた女性が1年後、都会っぽい女性に変身したといったときに遣う。日本語に訳せば、「垢抜ける」だろうか。
ナーンの街に入り、道行く女性を眺めていたとき、文化のコールドチェーンという言葉を思いついた。タイ人女性の間には、途切れることがないチェーンがつながった。その環境が肌を白くさせ、ファッションを生み、最終的に文化を生んでいく。コールドチェーンが新しいコーヒー文化を生んだように。
文化とは、つまりはそのチェーンのこと? そしてそのチェーンが、新型コロナウイルスで切られてしまったのが「いま」?