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※【1】はこちら。
潤沢な寄付などない。
村の自立のために考え抜いた支援の形
ボランティア団体「シャンティ山口」の活動の一環で、ベトナム戦争の影響で逃げてきたモン族の人々が住む北タイの山岳部の村を訪れた佐伯さん。ひどい衛生面、栄養失調の子供たちなど、過酷な暮らしをその目で見てしまったことで「これはどうにかしないといけない」と、山口県の県庁職員として勤務する傍ら、有給や休日をうまく使って年に2回ほど村へ通って支援する活動が始まった。
実はモン族の多くは、精霊信仰のほかにキリスト教を信仰している。佐伯さんが最初に支援に入った村には、なんとプロテスタント、カトリック、それぞれの教会が三つも建っていた。それはなぜか。
「キリスト教の人たちが、モン族を支援するために井戸を掘り、水道を整えていたんです。お金を出してくれて環境を整えてくれるのなら、その見返りに信者になるというのは当然といえば当然かもしれません。ですから、私たちが支援に入ったとき、村の人たちから最初に言われたのは『あなたたちは、この村に何を寄付してくれるの?』ということでした」
当時、個人で資金を積み立てた上で、その利子をボランティア活動に使えるという郵政省の「ボランティア貯金」という金融商品があった。佐伯さんたちの主な活動資金は、その利子と寄付金だった。そんなわけで潤沢な資金があったわけではなく、「お金を寄付しての支援」という形には限界があった。
また、単に与えるだけの支援では、結局根本からの状況を変えることは難しい。では限られた資金の中で、自分たちが村人たちのために一体何ができるかーー? 真剣に考え抜いた先の答えは“農業の知識”を伝授すること。
「農業の知識を共有すれば、米や野菜、果物を育てて、自分たちで食べられる。それによって栄養の改善にも繋がるし、売って収入を得ることもできる。そうやって自分たちで自立することこそが、何よりの財産になるんじゃないかと考えたんですね」
こうして、支援が本格化していった。
トイレが詰まると、命が詰まる
村に迫る衛生の限界
モン族の村に支援に入っていた、とある雨上がりの朝のこと。子供たちがキャッキャっと遊んでいた。地面にできた小さな水たまりをぺちゃぺちゃと踏みながら、裸足で駆け回り笑い転げる牧歌的な風景が目に入ってきた。「微笑ましいなぁ」と思ったのはほんの一瞬のこと。次の瞬間、佐伯さんの脳裏に衝撃が走る。
「あれは水たまりじゃない! 排泄物じゃないか!」
前日までの豪雨でトイレの浄化槽が溢れ、汚物が地表に吹き出していた。その上を、幼い子供たちが無邪気に跳ね回っていたのだ。
タイの農村では、簡易トイレの多くが「土に染み込ませる」方式。コンクリート製の丸い枠を地面に埋め、その中に排泄物をためる構造だ。底にはフタがない。通常は浸透して消えていく。
しかし、村にあった3基の共同トイレは、すでに限界を超えていた。つまり土に「浸透しない」のである。
3年、4年と使い続けた結果、底に汚物が溜り浸透しなくなり汚物があふれてしまうというわけだ。雨が降れば溶け出し、あたり一面が“危険地帯”になる。
「それを、子どもたちが踏んどる。そりゃあ、もう……震えましたよ」
衛生どころの話ではない。感染症、皮膚病、栄養失調の悪化……。このままでは命に関わる。トイレがないということは、単に不便という問題だけに留まらない。
当時、村では脳性まひの子どもが3〜4人いた。初めは「なぜ、こんなに多いのだろう」と思っていた。遺伝? 出産時の問題? 医療不足? ーーしかし佐伯さんは、ある仮説にたどり着く。
「もしかして……水?」
村に産科はない。病院も遠い。妊婦はそのまま自宅で出産することが多い。当然、衛生環境は全く整っていない。そして、あのトイレ事情だ。
不衛生な水や排泄物に長くさらされていれば、妊娠中の母体にも、出産直後の新生児にも多大なリスクをもたらす。
「汚れた水に、命がやられている。そう思ったんです」
与えるだけの支援はもう終わり
突然閃いた“日本の肥溜めと畑”
冒頭で述べたように、すでに村では他のキリスト教系支援団体によっていくつかの井戸が掘られていた。設備も、材料も、業者もすべて外から提供されたものだった。
「でもね、結局メンテナンスできないんですよ。知識がないから」
水が出なくなっても、誰にも直せない。タンクが壊れても、交換の仕方が分からない。お金もない。だから「壊れたら終わり」。使われなくなった設備が、草に覆われて放置されていた。
「与えるだけの支援ってのはね、そこが限界なんですよ」
当初、佐伯さんも幼稚園や給食センターを「作ってあげる」支援をしていた。だが、資金も人手も限られる。しかも、作っても維持されなければ意味がない。
「これは、村の人たちが“自分で作れる”ものじゃないとダメだと、本気で思いました」
そういった数々の自体を目の当たりにした佐伯さんに“自然循環式エコトイレ”というアイディアが浮かんだのは、そんな時だった。
「子供の頃の思い出が頭をよぎりました。小学校の頃から父親の農業の手伝いに明け暮れていたんですが、“ぽっとん便所”を思い出したんですよ」
“ぽっとん便所”とは、汲み取り式のトイレのこと。排泄物がいっぱいになると汲み取って家の周りにある野菜畑のそばにある“肥溜め”に運搬した。この排泄物は数ヶ月放置するとメタン発酵によって大腸菌をはじめとする病原菌がいない養分豊富な液体肥料と化す。そして、その液体肥料を肥やしとして野菜畑にまくと、おいしい野菜が育つのだ。
「これだ‼ このエコトイレシステムしかない!! と思いましたね。肥溜めの原理を応用すれば誰でも簡単にできるし、くみ取りもいらない上に、野菜の肥料になる。残留水は、外部には放流しない持続可能な自然循環式を採用すれば安全で衛生的な飲料水へと生まれ変わる。さらにガス収集タンクを追加で設置すれば、食事を煮炊きする燃料まで取り出せるんですよ」
これらの方法なら地面に排泄物が染み出すことがないため、地下水が汚染されることはない。井戸水も安心して飲料として使える。不衛生なトイレが原因で起きていた伝染病や衛生問題もクリアできる。
「これなら、いけるかもしれん」
ただひとつの問題は村人たちを説得することだった。
最初は拒否反応を示した村人たち。
一緒に作り上げた先に見たものは?
「そんな面倒なもん、作らんでええ!」
最初にこの案を持ち込んだとき、村の人々は一斉に反対した。「トイレなんか今のままでいい」「外国のやり方を押しつけるな」。あげく、「それより何かくれ」と怒鳴る者までいた。
「お金がある団体は、井戸を掘ってくれる。水道を作ってくれる。そりゃあ、そっちがいいよね」
でも、佐伯さんは折れなかった。
「いや、うちは何もあげられません。でも、一緒には作れます」
粘り強く話し合い、設計図を描き、材料費を見積もり、簡単な模型を作り、少しずつ理解を広げていった。
最初の1基が完成したのは、提案から半年後のことだった。
半信半疑だった村人も、出来上がった“異形のトイレ”に興味津々だった。試しに使ってみると……。
「全然、臭くない」
「虫がこない」
「畑の野菜がおいしい」
「保育園では給食の煮炊きにガスが使える」
「永久に汲み取りをしなくていい」
「装置の稼働に電気もいらない、エネルギーも使わない、何もしない全くの自然循環式」
評判は上々だった。
「試しに作ってみたら、良かった」
その一言が出たとき、「ああ、やっぱりこの形で良かったんだ!」と、佐伯さんは強く思った。
トイレを“もらった”のではない。“自分たちで作った”と村人たちが認識している。
使い方も構造も分かっている。メンテナンスもできる。これなら、続く。
「支援っていうのは、こんなやり方で現地のコミュニティーづくりから絆を深めることがいいのかなと思いましたよ」
「自分たちでできた」
エコトイレがくれた自信
現在、村には数十基のエコトイレが設置されている。それらはすべて、村人自身が作ったものだ。
農業で自給自足を始めて食が豊かになり、農作物の販売を始めて多少の余裕もでき、エコトイレの設置によって衛生面が飛躍的に向上。
さらに、女性たちは刺繍グループを立ち上げ、自分たちの技術で財布や巾着を作り販売するようになった。
子どもたちはタイ語を学び、読み書きができるようになり……。
今や彼らは「支援を受ける村人」ではない。「未来を作っている人たち」なのだ。
「トイレはね、ただの設備じゃない。きっかけなんですよ。“自分たちでできた”っていう、最初の一歩なんです」
佐伯さんが導いた支援の形は、確実に良い形で芽吹き始めていた。次回は、その後の村の様子と現在の佐伯さんの支援についてお伝えしよう。
(取材・文/平原千波)
佐伯昭夫さんが受賞した「社会貢献者表彰」とは
「社会貢献者表彰」では、広く社会のため、人のために尽くされている方を募集しています。
公益財団法人社会貢献支援財団は、1971年(昭和46年)より「社会貢献者表彰」事業を始め、毎年表彰を行っています。この表彰は、国内外において社会と人々の安寧・幸福のために尽力し、顕著な功績を挙げながらも報われる機会の少なかった方々を讃えるものです。 表彰対象者の選定は、一般の方からの推薦に基づいて行われます。皆さまからの推薦を心よりお待ちしております。
<対象となる功績>
● 困難な状況の中で努力し、社会の安寧や幸福のために尽くされた功績
● 先駆性、独自性、模範性などを備えた活動により、社会に尽くされた功績
● 海の安全や環境保全、山や川などの自然環境や絶滅危惧種などの希少動物の保護に尽くされた功績
など推薦方法の詳細は当財団のウェブサイトをご覧になるか事務局までお問い合わせください。
WEB:www.fesco.or.jp
推薦フォーム<候補者について>
●年齢・職業・性別・信条などの制限はありません。
●日本で活躍する方、もしくは海外で活躍する日本人を対象とします。
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