旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」

旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」【バンコク急行】 〝往来〟が閉ざされた世界 第12回

日本人にとってタイが遠い国になった。タイ人にとっても、人気の日本が旅の目的地から消えた。日本がタイから来たタイ人の入国を原則、禁じた。タイも日本人旅行者のタイ入国をストップした。

タイとのつきあいは40年を超えるが、はじめてのことである。それだけではない。世界はいま人の往来がストップしている。

理由は新型コロナウイルスだから、一過性のことだ。しかし、その現実のなかに置かれると、考え込んでしまう。

ここ10年以上、月に1回のペースでタイに通ってきた。タイでさまざまな用事をこなさなければならなかった。タイの滞在は長くない。2日ほどをすごし、近隣国にでかけていった。カンボジア、ミャンマー、バングラデシュ……。そこが僕のひとつのフィールドだった。タイのバンコクは、そのハブだった。ひとりでタイ国際航空の路線のような動きをしていたわけだ。タイ国際航空に乗るわけではないが。

10年来、続けてきたそのパターンが突然、閉ざされてしまった。非常事態宣言の嵐が吹き荒れる東京で、今日の感染者数が気になる生活に身を置くしかない。

つまらない日々である。

毎日、机に向かって原稿ばかり書いている。

なぜこれほどの息苦しさに陥るかといえば、各国の新型コロナウイルス対策が同じような発想に染まっているからだ。行き場がない感覚がつらい。

発生当初、抑え込み派と集団免疫派にわかれた。おそらく専門家の意見が二分されているからだろう。

しかし最初に感染が広まった中国が、隔離し、都市封鎖へと進む抑え込み方式を選んだ。いや、新型コロナウイルスの感染力は集団免疫の発想を許さなかった。世界の国々も最終的に抑え込む方向に動いていった。

タイもそうだった。ロックダウン、都市封鎖、夜間外出禁止……そんな言葉が政府から発せられるようになった。

この方式を世界が採用していけば、経済は停滞する。グローバル化のなかで、各国の経済成長は支えられてきた。その往来を閉ざすことになるからだ。

そんな状況が、どれほどつまらないか……。それがグローバル化のなかで世界が共有してきた情報の所産だとしたら、また悩んでしまう。

スペイン風邪の後の世界恐慌、そして第二次世界大戦。その歴史を再び読み返している。


しもかわ・ゆうじ
アジアや沖縄を中心に著書多数。新刊は『12万円で世界を歩くリターンズ タイ・北極圏・長江・サハリン編』(朝日文庫)、『「生きづらい日本人」を捨てる』(光文社知恵の森文庫)。

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