下川裕治のタイ発日本行き 機上にて

タイ人と呼ばれほほえむ日本人たち 第6回


タイに暮らす日本人が気になることがある。それはタイ人の目から見た私である。優しそうな日本人? 神経質そうな日本人? タイ人と一緒に仕事をしている人なら、余計に気にかかる。

タイ暮らしがそう長くない日本人の間でよく交わされる会話がある。「最近、見た目がタイ人っぽくない?」。少し日に焼けた? 歩くスピードが遅くなった? それに続くのがワット・プラケオ談義だ。「彼女、日本からきた知り合いのアテンドでワット・プラケオへ行ったら、入場料をとられなかったんだって」。

ワット・プラケオを見学する外国人は500Bの入場料が必要だ。しかしタイ人は無料。つまり外観や雰囲気がタイ人に似てきた、という話につながる。しかし多くのタイ人が、この話に首を傾げる。彼らの目に映る日本人は、どんなにタイ化しても日本人だからだ。

タイ暮らしが10年を超えるような日本人がよく口にするタイ国際航空の話がある。日本に向かうタイ国際航空に乗り、ビールを注文する。すると客室乗務員がこう訊いてきたという。「氷をお入れしましょうか」。

ふたつの伏線が敷かれている。ビールに氷を入れて飲むタイ人は少なくない。タイ暮らしが長い日本人は、当然ビールに氷を入れて飲んでいる。そしてその日本人が発する空気だ。満席のエコノミークラスに座っていても、客室乗務員が感じとってしまうタイ暮らしのにおい。

「俺もタイ人っぽくなってきたのかなぁ」と自嘲気味に、でもまんざらでもない思いが唇の周りに宿っている。

タイに暮らす日本人は皆、タイ人っぽくなりたいのだろうか、と考え込んでしまう。日本との行き来にタイ国際航空を使うことはある。ときどきキャンペーン価格を出してくれるからだ。しかし最近は、日本に行くタイ人で6~7割は埋まる。これはどの国の人にもいえるが、自国の航空会社に乗ると注文が多くなる。言葉が通じるという前提があるからだ。タイ人も同じだ。

「日本酒はありますか?」
「免税の化粧品を買いたいんですが」

客室乗務員は、次々に寄せられるタイ人の注文対応に忙しい。日本人割合が多かった日本行きタイ国際航空の時代ではないのだ。
そのなかにぽつんと座り、氷を期待しながらビールを頼む日本人。……そんな彼らが、僕は嫌いではない。


旅行作家・下川裕治の往復便 ー タイ発日本行き 機上にて
しもかわ・ゆうじ 1954年(昭和29年)、長野県松本市生まれ。タイ、アジア、沖縄と旅を続ける旅行作家。ダコはじめ各国都市で制作するガイドブック『歩くシリーズ』の監修を務める。

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