下川裕治のタイ発日本行き 機上にて

台湾の入国カードと タイ人労働者と 第2回


機内でタイ人の入国カードを代筆したことが何回かある。多いときで10人以上。100人以上の入国カードを書いたことになる。

代筆屋になる飛行機は決まっていた。バンコク発台北行きのチャイナエアライン。台湾の航空会社だ。僕は台北で降りることもあったが、東京行きに乗り換えることが多かった。

10年ほど前まで、僕はよくチャイナエアラインを利用していた。理由は安かったからだ。便数も多く、予約もとりやすかった。

スワンナプーム空港の搭乗口に進む。そこにはいつも、そろいのジャンパーを着たタイ人の団体客がいた。ジャンパーの背には、「〇〇公司」といった中国語の会社名が印刷されていた。台湾への出稼ぎだった。

座席の都合で、彼らと隣あわせになることがある。機内食の時間が終わると、台湾の入国カードが配られるが、それを前に彼らは固まってしまう。入国カードには中国語と英語しかなかったからだ。添乗員はいなかった。困っている様子が気になり、つい声をかけてしまう。

するとタイ人らしい笑みをつくって、控えめにパスポートと入国カードを差し出すのだ。すると声がかかってくる。

「友だちの分も書いてもらえますか」

僕のテーブルの上には、10冊を超えるパスポートが積まれることになる。書く内容は簡単だった。名前やパスポート番号、生年月日……。住所は彼らが持っていた書類に書いてあった。

「2年間、台湾の工場で働いて、70万B貯めるのが目標。それでロット・トゥーを買う」

代筆が縁で知り合ったおじさんはそういって笑った。

久しぶりにチャイナエアラインに乗って日本に帰った。僕と同じように、台北で乗り換えるタイ人が数人いた。日本観光だった。しかし台湾出稼ぎのタイ人の姿はなかった。いま、台湾の工場で働いているのはベトナム人やインドネシア人が多い。

タイ人は東南アジアのなかで頭ひとつ抜けた。そういうことだろうか。しかし裏返せば、2年ほどの出稼ぎで貯めた小資本ではなにもできない社会になった閉塞感を抱えてしまったことでもある。

機上のタイ人はそんなことも教えてくれる。


旅行作家・下川裕治の往復便 ー タイ発日本行き 機上にて
しもかわ・ゆうじ 1954年(昭和29年)、長野県松本市生まれ。タイ、アジア、沖縄と旅を続ける旅行作家。ダコはじめ各国都市で制作するガイドブック『歩くシリーズ』の監修を務める。

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