バンコクの食品会社に勤めるOLのYさん。昨年の12月、友達と一緒に日本にやってきた。はじめての日本。東京と箱根という一般的なコース。彼女の父親とは古い友達で、東京案内を頼まれた。昔のタイ人に比べれば、ずいぶんと楽だった。なにも教えなくても地下鉄の切符を買える。店では英語で注文もする。細かいお土産はもっぱらドン・キホーテだった。渋谷店に行ったが、店にはタイ人スタッフもいた。
彼女たちが帰国してから半月。メールが届いた。チョコレートをひと袋買ってきてという依頼。代金は払うという。ドン・キホーテで買ったものと同じもの。写真も添付されていた。家の近くにある西友でそれを買った。430円ほど。レシートと一緒にバンコクに持参した。
メンバーが集まった。そこでチョコレートを渡すと、皆が固まってしまった。
「ドンキより40円も安い。」
「ドンキがいちばん安いんじゃなかったの?」
そういわれても困る。それから1か月後、再びメール。今度はどら焼きだった。なんでもタイ人女子の間で、日本のどら焼きがブームだという。銘柄も指定されている。調べると、新宿の小田急百貨店で売っていた。行くとタイ人が列をつくっている。こういう現象は最近の日本ではしばしば起きる。それを鞄に詰めてバンコク行きの飛行機に乗った。しかし彼女たちの表情が晴れない。
「ネットで出ている料金と同じなのね」
すべてを理解した。僕に頼むと、安く日本の菓子が買えると彼女たちは思っている。この種の有名店の菓子は安売り対象ではないことを伝えると、納得してくれたようだった。すると今回、また1通のメール。
「コロロのグミを1袋……」
そんなグミは知らない。なんでもタイではネットで盛りあがっているらしい。彼女たちは日本の販売システムを完全に理解していた。どんな商品が量販店で安く売られるか……。おそらくロータスやビッグCで鍛えられているのだろう。
妻に相談をもちかけてみた。
「コロロのグミ? 難問ね。毎朝、チラシを見るしかないかも」
どうしてこんなことになってしまったのか。すべては最初の西友がいけない。その料金が、彼女たちの買い物魂に火をつけてしまった。とりあえず西友に行ってみるか……。
旅行作家・下川裕治の往復便 ー タイ発日本行き 機上にて
しもかわ・ゆうじ 1954年(昭和29年)、長野県松本市生まれ。タイ、アジア、沖縄と旅を続ける旅行作家。ダコはじめ各国都市で制作するガイドブック『歩くシリーズ』の監修を務める。