下川裕治のタイ発日本行き 機上にて

出国審査で思い出す スタンプのない旅券 第10回

成田空港の出国審査を通るたびに思い出す。20年ほど前のあの頃、僕は毎日、成田空港に通っていた。今はデルタ航空になってしまったノースウエスト航空。バンコク発の便が成田空港に到着する午後2時頃。チェックインフロアーから、階下の免税店エリアを見下ろすことが日課だった。

日本の入国スタンプがないパスポートを見せられたのは、その2カ月前だった。300万円の借金を背負わされ、売春スナックで働くタイ人女性がもっていた。茨城県の荒川沖のアパートだった。当時、この一帯はリトルバンコクと呼ばれ、不法滞在のタイ人が多く暮らしていた。

入国の手口はこうだった。利用するのは、ノースウエスト航空のサイパン行き。サイパンならタイ人もアメリカのビザをとらなくても乗ることができた。この便は成田空港経由だった。

空港に降りたタイ人女性は、タイ人マフィアに連れられて免税店フロアーにやってくる。そこは海外に出るとき、出国審査を受けるフロアーでもある。そこから女性たちの単独行動になる。入管職員がパスポートに視線を落としている瞬間を狙う。出国する人の流れとは逆向きに、身をかがめて進み、出国する人が並ぶフロアーに入ってしまうのだ。そこには出国する人を装ったタイ人マフィアが待っていた。「忘れ物をした」と空港職員に伝え、チェックインフロアーに出てしまうのだ。あの頃はセキュリティチェックも厳しくなかった。

当時、僕は週刊誌の記者をしていた。会社のカメラマンと一緒に成田空港に日参して2週間。3人のタイ人女性が密入国する瞬間を目撃した。

スクープ──。世間ではそういわれた。新聞各社やテレビ局が後追い取材に走り、僕は編集長から金一封をもらった。

後味は悪かった。タイ人マフィアや日本のやくざに騙されていたことを、彼女たちはすぐに知らされる。そんな女性のなかには自ら命を絶つ人もいた。警察に保護された女性もいる。

当時、僕の携帯電話番号は、不法滞在のタイ人の間で広まっていた。警察や病院からしばしば電話がかかってきた。片方でタイ人を助けながら、そこで得た情報で記事を書く。きれいごとは言いたくないが、免税店フロアーにやってきたタイ人女性のおびえた表情が脳裡に残っている。

タイに向かう飛行機に乗るために成田空港で出国審査を受ける。あのグロテスクな時代が通路にこびりついているような気になる。


旅行作家・下川裕治の往復便 ー タイ発日本行き 機上にて
しもかわ・ゆうじ 1954年(昭和29年)、長野県松本市生まれ。タイ、アジア、沖縄と旅を続ける旅行作家。ダコはじめ各国都市で制作するガイドブック『歩くシリーズ』の監修を務める。

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