旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」

旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」/文化の「コールドチェーン」【バンコク急行】第29回

新型コロナウイルスの感染が広まり、タイに隣接する国々との国境は、すべて閉鎖されている。

僕はタイの国境を、「アジア式開放国境」と呼んでいる。対外的には閉じられているといわれる国境でも、人の往来があるからだ。

境界の向こうに親戚が住んでいたりする。境界が小さな川なら勝手に渡り、夕飯に使う醤油を買って帰ったりする。彼らは国境の意味を知っているのだが……。

コロナ禍で国境は閉まっているというが、いま行ってみると、人の往来はあるような気がする。それがアジアだと思う。

7年ほど前だろうか、ラオスのホンサーという街から、タイのナーン県に入ったことがある。はたして越境できるのか不安だったが、実際に国境まで出向くと、なんの問題もなかった。

タイ側に入ると、一軒の食堂があった。そこでコーヒーを頼むと、出てきたのはカプチーノだった。

ラオスの田舎を旅してきた。毎朝飲んでいたのは、コンデンスミルクがたっぷりと入ったラオスコーヒーだった。しかしタイに入って世界が変わった。

カプチーノをつくることができるという背後には、牛乳を腐らせずに輸送する流通網が必要になる。コールドチェーンと呼ばれる。低温物流と訳される。生産者から消費者まで、冷蔵施設が途切れることなくつながっていなくてはならない。

そこからロットゥーと呼ばれる乗り合いバンでナーン県を南下していった。

カメラマンとのふたり旅だった。ロットゥーの窓越しに街の写真を撮っていたカメラマンが口を開いた。

「タイ人の女性って、あんなに肌が白かったっけ」

それはいつも思うことだった。タイ人女性は確実に肌が白くなった。日焼けを防ぎ、化粧もうまくなったのだろう。

「いや、違うよ。タイの女性はね、皮膚を1枚剥いだんだよ」

タイ人がいった言葉を思い出す。

ローククラープ。ヘビが脱皮するという意味だ。転じて肌が白くなったことをいう。イサンからバンコクに出てきた女性が1年後、都会っぽい女性に変身したといったときに遣う。日本語に訳せば、「垢抜ける」だろうか。

ナーンの街に入り、道行く女性を眺めていたとき、文化のコールドチェーンという言葉を思いついた。タイ人女性の間には、途切れることがないチェーンがつながった。その環境が肌を白くさせ、ファッションを生み、最終的に文化を生んでいく。コールドチェーンが新しいコーヒー文化を生んだように。

文化とは、つまりはそのチェーンのこと? そしてそのチェーンが、新型コロナウイルスで切られてしまったのが「いま」?

下川祐治
(しもかわ・ゆうじ)

アジアや沖縄を中心に著書多数。新刊は、『アジアのある場所』(光文社)、『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』(朝日文庫)。
   『下川裕治のアジアチャンネル』

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