旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」

旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」 コロナ禍で飛び込んだ動画配信の世界【バンコク急行】第23回

 

ユーチューブをはじめて10ヵ月がすぎた。その感想……言葉に詰まる。「やるんじゃなかった」という後悔と、「もう少し続けるか」という期待が錯綜する。

きっかけはコロナ禍だった。一緒に仕事をするカメラマンふたりと話がまとまった。海外をフィールドにする僕らは、国境を越えることができない情況に陥っていた。「ユーチューブは面白いらしい」という言葉にぴくりと反応してしまった。

活字の分野で生きてきた僕も、ネットの世界に巻き込まれていた。その流れは当然、動画に行きつき、同行するカメラマンも、ビデオの世界に分け入ることになる。だからまったく無縁ということではなかったのだが。

ときどきテレビ番組の制作にかかわる。撮影が終わると、ディレクターやカメラマンたちはスタジオにこもる。編集作業に入るのだ。30分の番組をつくるのに、彼らは1週間近く泊まり込んで編集を続けることは珍しくない。仮眠用のふとんをもち込む。風呂にも入れないから、しだいに彼らの体はにおってくる。こうしてひとつの番組ができあがっていく。その現場を何回も見てきたというのに、ユーチューブをはじめるとき、その大変さをすっかり忘れていた。

雑誌や本に原稿を書いてきた僕にとって、ネットが登場してきたときは不快だった。訓練を受けていない人たちが発信する原稿を読むことになるからだ。僕の原稿は編集者の厳しい視線に晒され、校閲のチェックを受けて世に出る。その部分がすっぽり抜け落ちたブログやフェイスブックの文章が拡散していく。不気味だった。しかし誰でも文章を発信できる平易さのなかで、ネット原稿は一気に広まっていく。やがて活字を凌駕するほどの存在に膨らんでいった。

昔からつきあいがあるテレビのディレクターと話をした。彼はいまその渦中にいた。テレビとユーチューブ。その関係は活字とブログによく似ていた。

「でもね、スタジオに1週間こもってつくるテレビ番組の質をユーチューブは越えられない。活字の世界も結局、同じだと思う」

そう僕は口にしたが……。

テレビ番組は、訓練を受けた人がつくる。ユーチューブは素人がはじめ、そこで編集の大変さを痛感して訓練を積みはじめる。既存の媒体とネットはその入口が違う。しかしどちらにも限界がある。

僕らのユーチューブのチャンネル登録数は2000人ほど。収益は2万円強。僕の名前のついたチャンネルだから、タイに絡んだ動画の視聴が多い。しかし、かける労力を考えればとても割には合わない。しかしユーチューブは活況らしい。テレビ番組の編集のつらさを見ている僕は立ち尽くすばかりだ。

下川祐治
(しもかわ・ゆうじ)

アジアや沖縄を中心に著書多数。新刊は『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ』(朝日文庫)、『台湾の秘湯迷走旅』(双葉文庫)。
   『下川裕治のアジアチャンネル

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