旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」

旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」/コロナが加速させる、タイ社会の変容【バンコク急行】第28回

新型コロナウイルスの蔓延は飲食業の経営を直撃した。それはどの国も大差はない。日本のようにロックダウンを行ってこなかった国も、飲食店は青息吐息だ。

多くの店が廃業に追い込まれた。しかし日本の飲食店を見ていると、もともと売りあげが伸び悩んでいたり、店主の高齢化で店じまいを考えていた店が扉を閉じるケースが多かった。元気な店は、コロナといえども、そう簡単に潰れない。

しかしバンコクの外国人向け歓楽街は違う。パッポン、タニヤ、ソイ・ナナ界隈、ソイ・カウボーイ。外国人観光客に完全依存していた街からは灯が消えた。

3月にバンコクに滞在した。どんなものだろうか……と夜のソイ・ナナにあるアラブ人街を歩いてみた。暗澹たる思いに駆られた。完全な暗闇なのだ。自分の足音だけが響く。これがあのアラブ人街──。

たまに灯がついている店がある。店は閉まっているが、人はいる。

「たぶん、皆、自分の国に帰ったと思う。隣の店のパキスタン人はそういってた」

「バンコクに帰ってくる?」

「さあ……」

街にやってくる客の大半が外国人観光客というエリアは、世界でも珍しい。チャイナタウン、コリアタウン、リトルインディア、リトルジャパン……。調査したわけではないが、世界のエスニックタウンを眺めると、そこに集まってくる客の半分ぐらいは現地の人々のような気がする。

バンコクではカオサンがそんな街である。相変わらず外国人向けゲストハウスやレストランは多いが、メイン通りを歩いているのはタイ人の若者が多い。3月にはカオサンにも足を向けてみた。ゲストハウスの多くは閉まっていたが、カオサン通りに面したレストランやクラブ、マッサージ店はそこそこ賑わっていた。客の大半はタイ人だった。

コロナ禍が収束した後、ソイ・ナナやパッポン、ソイ・カウボーイは消滅の道を歩むような気がする。しばらくは復活するかもしれないが、新型コロナウイルスで軌道がつくられてしまった感がある。タニヤもその流れに呑み込まれてしまうのだろうか。

バンコクの外国人向け歓楽街は、すでにピークが去り、経営的にもかなり厳しかった気がする。新型コロナウイルスには、世界を一変させるほどのパワーはない。しかし、元々衰退傾向にあったものの時計の針を少し早くまわすぐらいのエネルギーはもっている。

バンコクから風俗産業が消えていくことはないが、異形エスニックタウンは、バンコクという街のなかで溶解していく予感がする。それが世界の流れでもあり、タイ人の意識ともシンクロする。

バンコクは新型コロナウイルスに背中を押され、螺旋階段をひとつ登るのだろうか。

下川祐治
(しもかわ・ゆうじ)

アジアや沖縄を中心に著書多数。新刊は『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ』(朝日文庫)、『台湾の秘湯迷走旅』(双葉文庫)。
   『下川裕治のアジアチャンネル』

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