舌の経験
サトゥー・リン・ウア(牛タンシチュー)
急にシチューを食べたくなった。しかし僕の懐具合では高級な店は到底無理だし、当コラムでも紹介できない。ならば財布にやさしく、コラムの主旨にも沿ったシチューを食べに行こう。味付けも調理法も西洋式ではなく、どうみてもタイ料理のパット・プリアオワーン(甘酢炒め)なところはご愛嬌だ。
一見普通の食堂だが、西洋料理を出すきっかけとなったのはなんと、タイの近代化に尽力した政治家プリディー・パノムヨン氏(第7代首相)のアドバイスがあったからだとか。かつて初代のご近所さんだったプリディー氏が、自らフランス料理を指南してくれたという。初代はそれをタイ人好みにアレンジし、人気のオリジナルメニューがたくさん誕生したんだ。
それではオリジナル・タンシチューの作り方を見てみよう。まずは牛タンをよく洗ってゆでる。取り出して硬い部分を取り除き、中国漢方煮のスパイスで柔らかくなるまで4時間以上煮込む。油を熱したフライパンでトマトやエンドウマメ、ジャガイモと一緒に炒め、スープストップを加えてなじませる。オイスターソースに白醤油、黒醤油、胡椒などで味を調えとろみをつければ、こってりと濃厚なシチューの完成だ。
ストレートに食欲を刺激するルックスは、本格的なグレイビーソースにも負けていない。かすかに酸味のある甘いソースに胃袋は興奮状態だ。牛タンはとろけるほどではないが、食感を楽しめる柔らかさを残している。
肩肘張らない気楽な店内や財布にやさしい価格設定も含めて、個人的にはかなり気に入っている。同行した日本人の評価が芳しくなかったのは想定内だ。個人個人の食の経験が異なる上に、味覚も食の嗜好も個人差があるのだから仕方ない。たとえ今のあなたの舌に合わなくても、今回刻み込まれたタイ式タンシチューの経験は未来への土産になるだろう。
ミット・コー・ユアン
伝説的な老舗食堂。3代目店主のジアップさんによると、ラマ5世時代に中国から渡ってきた祖父がアユタヤーで開いた注文食堂が始まり。アユタヤー出身の政治家プリディー氏仕込みのフランス料理をタイ風にアレンジしたところ、たちまち人気を博したという。バンコクへ移転した後も評判が評判を呼び、都の人々に愛されて60 年以上の老舗となった。料理はタイ、中国、西洋とあるが、牛タンシチュー(80B)はだれもが注文する看板メニューだ。
時間:月~金:11時~14時、16時~22時、土日:16時~22時 無休
電話:0-2224-1194