もし村上春樹がタイで○○したら

もし「タクシーに乗車したら」編 第2回

カップ焼きそばの作り方を文豪たちが書いたらどうなるか、で大ヒットした「もしそば」シリーズの著者による、もし村上春樹がタイに来たら。

もし「タクシーに乗車したら」編

カオサン通りを歩いていると、スコールが降ってきた。それまでは、日本の高度経済成長のような、希望に満ちた晴れ晴れとした昼下がりだったのが、やがて空は急速に雲に覆われ、まるでバブル崩壊を暗示するかのような暗闇に包まれた。そして、とどめを刺すように、高度資本主義社会の終わりを告げるかのような強烈な雨が、垂直に空からまるでつづらのように落下(それはまさしく落下という言葉がふさわしいほどの重力を携えていた)してきた。

僕はあいにく傘を持っていなかったので、全身に雨を浴びることになった。しかし、自分でも不思議なほど、冷静だった。結局のところ、僕はそれをどこかで求めていたのかもしれない。あるいは、求めていないことを求めていなかったのかもしれなかった。つまり、どうでもよかったのだ。

ひとまず、ジャケットをあたまにかぶせて、突き当りのバーガー・キングの前まで歩いた。なんとか屋根のあるところまで来たので、しばらく雨宿りしていた。

僕の家はここから十数キロ離れたエカマイ地区のコンドミニアムにあった。そろそろ時間も時間なので家に帰りたかったが、この雨でタクシーは100%売り手市場で、とてもじゃないけど拾えなかった。この混乱が落ち着くのを待つしかなかった。

こんなことになるなら、わざわざカオサン通りまでフレッシュジュースを飲むためだけに来るべきではなかったのだ。でも味は悪くない。気取ってないし、僕のような取り立ててなんの取り柄もない、凡人にはうってつけの飲み物だった。

人がまばらになったので、タクシーを止めた。ドアを開けて、僕は運転手に話しかけた。

「メーター、オーケー?」

答えはノーだった。つまるところ、タクシーの運転手にとっては、僕は招かれざる客だった。オーケー、わかった。僕は先日、家にたずねてきたあしかにもらったワッペンを、タクシーのフロントガラスに貼り付けて、運転手に向かってこうつぶやいた。

「イーブンパーだ」


神田桂一
大阪生まれ。ライター・編集者。『ケトル』『POPEYE』『BRUTUS』などで執筆。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社・菊池良氏と共著)。ガチャピン好き。お仕事の依頼はpokkee@gmail.comまで。

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