2月5日号より新連載! ひと足お先にお披露目!
カップ焼きそばの作り方を色んな文豪が書いたらどうなるか、で大ヒットした「もしそば」シリーズがダコに登場! 第496号『FOCUS ON THAILAND 2018』で占ってもらった風水師に、もし村上春樹が話を聞いたら……
もし村上春樹がタイの風水師に2019年のタイを占ってもらったら
僕は、スパゲッティを茹でながら、その奇妙な風水師の言葉を待つことにした。名前は、パーヌワットと言った。彼の姿は、ワット・ポーよりも、なんとなく北極の天体観測所を想起させる。
彼がダコ編集部に訪ねてきたのは、今から2時間前、ちょうど、時計の針が12時を差したところだった。テレビからは、退屈なワイドショーが流れていた。コメンテーターが当たり障りのないこといい、お笑い芸人がそれに相槌を打つ。まるでT型フォードのような昼下がりだ。それ以上でもそれ以下でもない。
彼は、僕に占いをするまで帰らないと言った。その意志は、中高生男子の性欲よりも揺るぎないものだった。やれやれ。僕は彼を編集部に招いた。彼は、勝手にのソファに座った。質問を待っているみたいだった。仕方なく、僕は質問をしてみた。
「2019年のタイについて教えてほしい。その、国際情勢について―そういうものがあればの話だが―今後どうなるか知りたいんだ」
沈黙。深い静寂が続いたあと、パーヌワットは、静かに語りだした。
「米国、中国、ロシア、それぞれの指導者の生年月日を調べるとわかるんです」
「わからないな。生年月日と国際情勢にどういった相関関係があるというんだい?」
沈黙。スパゲッティはアルデンテに到達しようとしていた。僕は、この話を早く切り上げて、茹で上がったスパゲッティを次の工程に進める必要があった(スパゲッティを作るには全部で10の工程がある)。
「わかったよ。トランプや習近平やプーチンの生年月日と国際情勢がどうつながっていようと、それを僕がとやかく言う権利はどこにもないし、ましてやカーネルサンダーズが言う権利もどこにもない。僕が聞きたいのは、官僚的答弁ではなくて、ひとつのシンプルな答えなんだ。つまり、タイはどうなるのか、ということなんだ」
「ひとまず、タイの今年の運勢は安心してよいと思います」
「これで君の気は済んだかい? よかったらスパゲッティでも食べていかないか。僕は昔、日本の東京にある千駄ヶ谷という場所で小さなジャズ喫茶をしていた。そこでスパゲッティ・ナポリタンを出していたんだ。味はわりに悪くない」
パーヌワットは静かにうなずいた。
神田桂一
大阪生まれ。ライター・編集者。『ケトル』『POPEYE』『BRUTUS』などで執筆。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社・菊池良氏と共著)。ガチャピン好き。お仕事の依頼はpokkee@gmail.comまで。