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“エコトイレ”から始まる豊かで明るい未来ーー。 元県庁職員による北タイの山岳民族支援奮闘記【1】

「見てしまったんですよ。だから、始めるしかなかったんです」。そう語るのは、約30年前から無給でタイ北部の少数民族の村に通い、自立支援のボランティアを続けている佐伯昭夫さんだ。現在は定年退職しているが、もともとは山口県の公務員として長年勤めていた。

そんな彼が、ある“ひょんなきっかけ”から個人的に北タイの村と関わるようになり、衛生環境の改善に取り組みはじめる。そしてやがて、排泄物を堆肥として再利用する「エコトイレ」を、住民たちと共に作り上げることになる。

さらに、遺伝子組み換え作物によって荒れていた畑を、コーヒーや果樹など低農薬の作物へと切り替えたり、刺繍を通じて女性たちの自立を後押ししたりと、暮らしの中に寄り添う多角的な支援を続けている。

では、そんな佐伯さんが冒頭で語った「見てしまった」とは、一体なんだったのか。
北タイの小さな村で、ひとり黙々と支援を続ける彼の、静かで熱い物語を紹介したい。

ダムと雨と、42年。
技術と対応力を身につけた県庁職員時代

山口県に生まれた佐伯さんと北タイとの縁は一体どこで生まれたのか。大きな始まりは、高校時代から始まっていたのかもしれないーー。

戦後の高度経済成長期。重工産業の発展に伴い、様々な機械を自動的に動かすオートメーション技術が求められるようなっていた時代。その技術者を養成する新設高校で学び、卒業後は「技術があるんだから、電気屋さんとして自分で商売したい」と考えていた。しかし、先生の勧めでなんとなく受けた県庁の職員採用試験に合格し、山口県庁の技術職員として働き始めた。「試験に受かったし、まあ、ちょっとだけやってみるか」と、軽い腰掛け気分だったものの、気づけば42年間、定年まで勤め上げることになった。

最初に配属されたのは、ダムと併設している発電所、つまり水力発電所を管理する部署。「雨が降ったら、眠れなくてねえ」と笑いながら話すが、それは決して比喩ではない。水が多ければ多いほど発電できるわけだが、かといって雨が降りすぎても困りものだ。降雨量に応じてダムの水位を調整しなければならない。溜めすぎれば洪水になり、放水しすぎれば農業用水が枯渇する。発電で利益を上げることと、地域住民の安全とを両立させるため、24時間体制での判断が求められた。

「下流で人が釣りをしてるのに放流したら命に関わるし、農家が困る水を出してしまっても大問題になる。自然相手ってのは、本当にしんどい仕事なんです」

ダムのゲート操作ひとつで人の命が左右される。そんな責任の重さに押しつぶされそうになりながらも、佐伯さんは日々を「面白かった」と振り返る。そして、この頃に身に着けた臨機応変な対応力が、後に没頭することとなる北タイの村でのボランティア活動に生きることになる。

気楽に参加した
サークル活動で“見てしまった”

そんな仕事にもすっかり慣れてベテランとなった30代後半。それまでの24時間対応が迫られていた現場から外れ、心身ともに余裕ができた佐伯さんはふと空いた時間に「手話サークル」に顔を出すようになった。それは、山口県庁内の職員サークルのひとつだった。

「最初はほんと、軽い気持ちだったんです。体も頭も使わんし、時間ができたのでね。2人くらいしかいないサークルだったんですけど、ボランティア活動というか手話を勉強していたんですよね」

ところがある日、サークルを通じて「障害児と健常児の交流キャンプ」のスタッフを募集しているという話が舞い込む。1981年、国連が定めた「国際障害者年」をきっかけに、全国各地で始まった取り組みの一環だった。

障害のある子どもと健常の子どもが同じ施設で過ごし、遊び、寝食を共にする3泊4日のプログラム(ノーマライゼーションの理念に基づく“こどもジャンボリー”)。障害のある子どもひとりに対して、大学生や高校生ボランティアが2〜3人つきっきりで介助にあたるという本格的な構成だった。

「ここで初めて、見たんですよ。日常は、健常児との接触が乏しい養護施設の子どもたちと健常児の交流。“当たり前のひととき”に多くのボランティアが楽しく見守っている笑顔を見た。薬の管理、食事の介助、夜間の徘徊対応……、とにかくひとときも目を離せない子どもたちの対応や子どもたち同士の献身的な対応。キャンプの終わりに子どもたちが見せてくれた笑顔が、心に焼きついた。

「見てしまった以上、放ってはおけない。子どもたちの状況を見てしまった以上、どうにか改善してあげたい、関わるしかないと思ってしまったのですよね」。

佐伯さんは、この体験をきっかけに活動を継続。このキャンプに関する県の支援が終了した後も、すぎのこ大学という団体を立ち上げ、障害者支援やボランティア学習を続けていくことになる。

運命を変えた“講演会”

すぎのこ大学では毎年数人、様々なボランティア活動を行う講師を招いて講演会を開き、関心のある聴衆を集めて共に熱心に勉強を行ってきた。そして、講師の一人として招いた有馬実成師が、佐伯さんの人生の方向を大きく変えた。

有馬師は、山口県の曹洞宗原江寺の住職。戦時中の朝鮮人労働者の遺骨返還運動から始まり、ベトナム戦争後にはタイ国境の国連難民キャンプ支援にも参加。日本で初めてカンボジア難民キャンプに人を送った民間団体(現:(公社)シャンティ国際ボランティア会)を立ち上げた人物でもある。

「誰でも、やろうと思えばできるんですよ」と語る有馬師の活動に深く感銘を受け、背中を押された佐伯さん。「自分にも人のために役立つ何かができるのかもしれない」と、1990年に入会したのが、「曹洞宗ボランティア会 山口県支部」。当時からカンボジア難民支援、タイ・バンコクスラム、東北タイの教育・生活支援など、先駆けていた。1993年に有馬師によって山口県支部が独立し、現在、佐伯さんが事務局長を務める「シャンティ山口」へと生まれ変わった。

シャンティ山口では大学生たちへのスタディーツアーも開催。レクチャー中の佐伯さん

初めての海外支援で訪れた
モン族の村でまたも“見てしまった”

「シャンティ山口」が独立して最初の支援を始めたのは、ベトナム戦争で難民となったモン族の人々の支援活動。1994年、佐伯さんは生まれて初めてタイ北部の山岳地帯に暮らす、モン族の村を訪れた。当時の年齢は49歳、これが人生で初めての本格的な海外ボランティアとなった。

「すでにシャンティ山口の前身時代から、食糧問題、保健衛生などを解消するための活動はすでに行われていたんです。私が行ったのはその活動が始まって3年目くらいの時期ですが、実際に行ってみたら、村の暮らしは想像以上に過酷でした」。

子どもたちは栄養失調でお腹が膨れ上がり、皮膚には化膿したできもの。大人たちも痩せこけていた。タイ政府から国籍を与えられたばかりの元・難民たちが、与えられた荒れ地に村を築き始めていた頃だった。

「びっくりしましたよ。ここでも、また“見てしまった”と思ったんです」。

見てしまった以上は関わるしかない。そう腹をくくった佐伯さん。当時はまだ県庁職員だったが、年に2回、有給と休日を使って村を訪れ続けることになった。村に提供するようなお金はない。でも、彼らにとっては何が一番必要なのか、どうすれば“援助ではなく共に生きる”という形ができるのか。佐伯さんの試行錯誤の日々が、ここから始まっていく。

プラチャーパクディー村の保育園

パンカー村の保育園。たくさんの子供たちがここで学ぶ

【2】へ続く。
 
(取材・文/平原千波)


佐伯昭夫さんが受賞した「社会貢献者表彰」とは

「社会貢献者表彰」では、広く社会のため、人のために尽くされている方を募集しています。

公益財団法人社会貢献支援財団は、1971年(昭和46年)より「社会貢献者表彰」事業を始め、毎年表彰を行っています。この表彰は、国内外において社会と人々の安寧・幸福のために尽力し、顕著な功績を挙げながらも報われる機会の少なかった方々を讃えるものです。 表彰対象者の選定は、一般の方からの推薦に基づいて行われます。皆さまからの推薦を心よりお待ちしております。

<対象となる功績>

● 困難な状況の中で努力し、社会の安寧や幸福のために尽くされた功績
● 先駆性、独自性、模範性などを備えた活動により、社会に尽くされた功績
● 海の安全や環境保全、山や川などの自然環境や絶滅危惧種などの希少動物の保護に尽くされた功績
など

推薦方法の詳細は当財団のウェブサイトをご覧になるか事務局までお問い合わせください。
WEB:www.fesco.or.jp
推薦フォーム

<候補者について>

●年齢・職業・性別・信条などの制限はありません。
●日本で活躍する方、もしくは海外で活躍する日本人を対象とします。

公益財団法人 社会貢献支援財団

WEB:www.fesco.or.jp
Facebook:www.facebook.com/fescojp
E-mail:fesco@fesco.or.jp


シャンティ山口

WEB:www.shanti-yamaguchi.com

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