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タイの孤児たちの「生きる」を支えて25年。日本人親子の波乱万丈な軌跡【3】


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好きなことを生きる糧にして

HIVと闘う子どもたちが直面する見えない障壁の一つが、HIV関連神経認知障害(HAND)だ。HIVウイルスが脳に影響を与えることで、集中力低下や学習障害など、認知発達に深刻な影響をもたらす。

バーンロムサイでも、支援してきた感染孤児たちの約9割が、なにかしらの疾患を抱えているという。そこで名取親子は、18歳で卒園するまでの間、学力向上だけでなく、一人ひとりの個性を最大限に引き出す工夫を重ねてきた。

開園当初、事務所前の階段で撮影した集合写真

 

創作が上手な子には絵画や陶芸を、運動が得意な子にはサッカーを、表現力豊かな子には音楽やダンスを――それぞれの強みに光を当てた。

「好きなことなら、困難があっても乗り越えられると思うんです。生きる糧にしてほしくて」と美穂さんは熱を込める。

「昔、子どもたちに将来の夢を聞いたら、『看護師』とか『お母さん』とか、そんな答えしか返ってこなくて。世の中にはもっといろんな仕事があると知ってほしかった」

その思いから、歌手やスポーツ選手、アーティストなど、様々な職業のゲストを招いてワークショップを開催するようにもなった。

2008年、「浦和レッズハートフルクラブ」の選手たちと交流

 

バーンロムサイからは、これまで60名の子どもたちが巣立っていった。大学に進学したり、施設内の縫製チームに加わったり、それぞれが自分の道を切り拓いている。

現在、卒園生のヌンさん(31)は施設のメンテナンスチームの職員として、ゲンさん(27)はhoshihanaで庭師として働いている。コロナ禍で一時職を失いながらも、かつての兄弟姉妹との深い絆を糧に支え合い、たくましく成長してきた。

「今では結婚して親になり、幸せな家庭を築いている子たちが5人もいるんです。私たちはもう、おばあちゃんですね」と笑う。

「子どもたちの成長がなにより嬉しい」と美穂さんは目を細める

 

美穂さんは、かつて1歳半で入園した「ペン」という女の子が中学生になった頃の思い出を語ってくれた。

「ペンちゃんがある日、『ミホたちはいつもお洋服を販売して頑張ってくれているよね』と声をかけてくれたんです。私たちの活動の意味を理解してくれてるんだなぁって、本当に嬉しかったですね」

その「ペンちゃん」も、今は25歳。大学を卒業後、チェンマイ市内で会社員として働いている。卒園生たちが時折施設を訪れ、成長した姿で近況を報告してくれる瞬間こそ、何にも代えがたい喜びだという。

家族としてすべてを受け入れる

だが、自立への道のりは決して平坦ではない。施設を飛び出しては戻り、再び出て行くことを4、5回繰り返す子どももいる。親子が最も胸を痛めたのは、卒園生の訃報だった。

やんちゃで愛嬌があり、サッカー少年だったタム。2023年に「タムがエイズを発症した」と報告を受けたときは、すでに手遅れだった。2024年9月、彼は23年の短い生涯を閉じた。

皆から愛されていた子ども時代のタムくん(14歳当時)

 

「施設にいる間は薬を飲めていても、外に出ると周りの目が気になって飲みづらいこともあるみたいで。卒園までに彼ら自身で薬を管理できるよう準備はするんですが、タムの場合は本人が『もう飲まない』と決めてしまったようで……」

美穂さんの目に影が宿る。

「私たちからすれば、せっかく繋いだ命なのに、なぜ、と思います。それでも、彼の選択を尊重するしかないのでしょう。でも、悔しい。本当に悔しいです」

彼女は静かに続けた。

「きっと普通の家庭でも、いいこと悪いこと、いろんなことがあると思うんです。私たちも、大きな家族の営みの一部として受け止めなければ」

「支援される側」から「価値を提供する側」へ

現在、バーンロムサイで暮らす17名の子どもたちに、HIVに感染した子はいない。かわりに少数民族の子どもや、親の犯罪や麻薬問題など、様々な事情を抱えた子どもたちが、新しい家族として集っている。

美穂さんは、時代と共に変化した支援のあり方について、率直に語る。

「感染している子どもたちが半分以下になった段階で、私たちからはHIV/AIDSという言葉を一切発信していません。それでご支援をいただくのは、なんだかずるい気がして。それに、世界でも日本でも災害やいろんな社会問題が山積するなか、寄付集め自体が難しくなっています」

美穂さんと子どもたち

 

親子が目指すのは「支援される側」から「価値を提供する側」への転換だ。

「単に『かわいそうだから』ではなく、『価値があるから』選ばれる存在になりたい。商品が魅力的だから手に取っていただき、文化体験に惹かれるからコテージに滞在いただく。それが自然と子どもたちの未来につながる――これが、私たちの描く理想です」

地域の子どもたちの未来をつくる

親子の献身的な活動は、地域住民の心も動かした。2007年に施設内に誕生した図書館は、その象徴となっている。

書籍やパソコン、DVDを自由に利用できるこの空間は、地域の子どもたちにとって貴重な学びの場となり、さらには活発な交流の拠点へと発展した。「バーンロムサイに行けば安心」という信頼が地域全体に広がっている。

図書館には地域の子どもたちも集う

 

今後は、縫製技術やベンジャロン焼などの伝統工芸、語学など、地域の人材育成にも貢献していきたいと語る。

「バーンロムサイに行けば何か学べる、手に職がつく。そんな子どもたちの未来が開ける場所にしていきたい」

彼らの挑戦は慈善事業の枠を超え、地域全体の発展に寄与する社会事業へと変化を遂げようとしている。

「結局は、楽しいんです」

2024年12月、バーンロムサイは設立25周年を迎えた。四半世紀にわたる活動を、美和さんは「本当にあっという間だった」と振り返る。

「でも、7歳の子が32歳になった現実を目の前にすると、長かったなぁとも思いますね」と、微笑んで続けた。

その長い年月を支えた原動力は何か。美穂さんは「結局は、楽しいんです」と笑う。

「常に何かしらが大変で、お尻に火がついてる感じ。でも、その忙しさすら楽しい。いつもテンパってて、課題を解決したらまた次の課題があって、というのがずっと続いて、振り返ってみたら25年経っていました」

バーンロムサイの庭を歩く名取さん親子

 

現在、美和さんはバーンロムサイの特別顧問としてチェンマイに暮らし、代表理事を務める美穂さんは日本とタイを行き来しながら、全体の運営指揮を執っている。

孤児院では、タイ人や少数民族出身の保父母、事務員、キッチンスタッフなど総勢10名が子どもたちの日常を支え、宿泊施設では、日本人マネージャーを中心にタイ人やミャンマー人など約20名の従業員がゲストをもてなしている。

将来を見据え、施設運営の核となるマネジメント機能も現地スタッフへと移行を進めているという。

「バーンロムサイは、ここで育った子どもたち、支援してくださる方々、皆さんの思いが集まった場所。一緒に前進していける感覚がうれしいです」

彼らは今なお歩みをやめない。ガジュマルの大樹の下で、今日も子どもたちの明るい笑い声が響いている。

(取材・文/日向みく)


名取美和さんが受賞した「社会貢献者表彰」とは

「社会貢献者表彰」では、広く社会のため、人のために尽くされている方を募集しています。

公益財団法人社会貢献支援財団は、1971年(昭和46年)より「社会貢献者表彰」事業を始め、毎年表彰を行っています。この表彰は、国内外において社会と人々の安寧・幸福のために尽力し、顕著な功績を挙げながらも報われる機会の少なかった方々を讃えるものです。 表彰対象者の選定は、一般の方からの推薦に基づいて行われます。皆さまからの推薦を心よりお待ちしております。

<対象となる功績>

● 困難な状況の中で努力し、社会の安寧や幸福のために尽くされた功績
● 先駆性、独自性、模範性などを備えた活動により、社会に尽くされた功績
● 海の安全や環境保全、山や川などの自然環境や絶滅危惧種などの希少動物の保護に尽くされた功績
など

推薦方法の詳細は当財団のウェブサイトをご覧になるか事務局までお問い合わせください。
WEB:www.fesco.or.jp
推薦フォーム

<候補者について>

●年齢・職業・性別・信条などの制限はありません。
●日本で活躍する方、もしくは海外で活躍する日本人を対象とします。

公益財団法人 社会貢献支援財団

WEB:www.fesco.or.jp
Facebook:www.facebook.com/fescojp
E-mail:fesco@fesco.or.jp


バーンロムサイ

WEB:www.banromsai.jp
Facebook:www.facebook.com/banromsai

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