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安曇野の水はチェンマイへと通じる。 旅行作家・下川裕治が刻んだタイの足跡【日々是タイ日和】第1回

人に誇れることと言ったら、長距離バスに何日も揺られる旅に耐える能力ぐらいしかないと思っているが、ひとつ、胸を張れることがある。

それは水の味が分かることだ。

料理の味ではない。

水である。

僕は信州で生まれ育った。実家は安曇野にある。アルプスの雪解け水が地下水になって湧き水になる。その水を使った水道水を飲みながら育った。僕の体は、ミネラルが多い軟らかい水の味に反応するDNAを持っていると思う。

今でも実家に帰ると、まず水を飲む。湧き水ではない。水道水である。安曇野の水は、水道水でも軟らかい味がする。

それに比べるとバンコクの水は頂けない。水に味がしない。水道水はもちろんだが、ミネラルウォーターも味気ない。

2010年3月、チェンマイの北180キロほどのところにあるチェンダオのキャンプ場にいた。祭りの会場だった。

そこでは毎年、チェンダオ周辺に住む少数民族の人たちの祭りが開かれていた。チェンマイに住む知人から、「日本から沖縄のエイサーが参加してもらうと盛り上がるんだけど」と言われた。

東京の中野を中心とした沖縄出身の人たちとは繋がりがあった。打診してみると、みんな身を乗り出してきた。祭りの主催者側が費用を負担するわけではない。飛行機代や滞在費は自腹になる。それでも行きたいという。

その話を持ってチェンマイへ。主催団体も大歓迎で、チェンダオ市長との会見まで設定され、話はどんどん大きくなっていった。エイサーを演じるいくつかのグループが参加することになった。総数で50人を超えた。僕はその引率役になってしまった。

最初にチェンダオ市役所前でエイサーを披露した。市の肝入りだから、警察官が簡単に車を止めてくれる。そこから祭りのメイン会場のキャンプ場に移動した。

暑い日だった。周囲を木々に囲まれた会場に入った。近くにキャンパー用の水道があった。空になったペットボトルにその水を入れてぐびぐびと飲んでみた。

「……ん?」

体が反応した。土の中を流れ下ってきた湧き水の味……。信州の安曇野の水に通じていた。僕は再び、ペットボトルを口に運んだ。水を飲むことがうれしかった。すっと疲れが飛んでいった。

タイでもこういう水が飲める場所がある……。

海沿いのバンコクを離れ、チェンマイまで北上し、さらに山に近づいていく。それは水を求めていく道筋でもあった。

後になって、チェンダオの湧き水からミネラルウォーターをつくる計画があることを知った。

下川祐治
(しもかわ・ゆうじ)

アジアや沖縄を中心に著書多数。新刊は、『アジアのある場所』(光文社)、『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』(朝日文庫)。
   『下川裕治のアジアチャンネル』

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