旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」

旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」〝隔離〟をいかに乗り切るか【バンコク急行】第18回

いま、日本からタイに行こうとすると、2週間の隔離生活を強いられる。ホテルから一歩も外出できない日々をひとりの日本人に動画で撮ってもらい、運営するユーチューブで紹介した。

隔離最後の夜、ズームで話をした。どうやってこの日々を乗り越えたのか……彼は規則正しい生活に尽きる、といった。

2週間の隔離を前に、いろいろなアイデアを練ったという。何冊もの小説やタイ語のテキストを鞄に詰めた。ラジオ体操もスマホにとり込んだ。朝、きっちりラジオ体操第2まで体を動かす。朝食は決まった時間にドアの前に置かれる。昼間はリモートワーク。途中からホテル内なら部屋を出ることが許された。夕方はプールサイドでウォーキングと決めた。寝る前にヨガ。10時にはベッドに入る。

苦しいときは、規則正しい生活で乗り切っていく──。その感覚が少しわかる。

僕は本を書くことを生業にしているから、ときどき缶詰状態に追い込まれる。苦しい時期だ。部屋にこもって原稿を書き続ける。寝不足状態で深夜まで原稿用紙に向かう生活は長続きしない。夜は早めに寝る。食事の時間も決め、昼に散歩……。原稿はさくさく続くわけではないが、停滞することはない。不規則な生活を送ると、本当に進まなくなってしまう。

書いているのは旅である。

旅の日々は、不規則きわまりない。深夜に出発する飛行機に乗る。そのほうが安いからだ。乗り込んだ長距離列車が遅れ、朝方に目的地に着いたりする。そんな日々の連続だ。

そんな旅を本にまとめようとしたとき、規則正しい生活になっていく。この格差にいつも悩む。

そこで気づくことがある。僕が描く旅の世界は、ポストコロナの対極のような世界なのだ。ひとつのベッドにふたりで寝なくてはいけないほど混みあうインドの夜行列車は三密の極致だ。中国の屋台は皿の洗い方もおざなりだ。イスラム圏ではパンをつかんで食べるが、その前に手を洗わない……。

その社会に流れる文化にしても、支えるのは密の世界だ。司馬遼太郎氏が、「人が集まるところに文化が生まれる」といった内容を語っていた。

旅を書くということは、密な世界を歩き、それを隔離された空間で文章にしていくということかもしれない。相反する密と隔離の間を右往左往しながら、僕はこれからも生きていく気がする。隔離はソーシャルディスタンスという表現に変わったが。

バンコクでの隔離話が、思わぬ方向に進んでしまった。


しもかわ・ゆうじ
アジアや沖縄を中心に著書多数。新刊は『12万円で世界を歩くリターンズ タイ・北極圏・長江・サハリン編』(朝日文庫)、『「生きづらい日本人」を捨てる』(光文社知恵の森文庫)。

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