タイで初めて見た自販機は、ドンムアン空港のロビーだった。1988年のことだ。
コカ・コーラの販売機で、発売が始まったばかりの缶コーラの自販機だったが、「out of order(故障中)」と書いた紙が貼ってあった。タイ人はまだ自販機を知らない時代だ。
それからしばらくして、今アソーク駅があるあたりの路上で、自販機を見つけた。日本の中古品を輸入したそのままで、利用法は日本語でしか書いてない。ちゃんと動くかどうか確かめてみたくなって、自販機にコインを投入すると、周囲に視線を感じた。
そうか、この機械をどう使うのかを眺めているのだ。その次に出会った自販機には、タイ語の説明がついていた。8バーツ投入すると、紙コップが落ちてジュースが注がれた。瓶入りコーラなら5バーツの時代だから、高い。
高いからか、故障したからか、この自販機は間もなく姿を消した。
前川健一の1枚の写真で振り返る ー 象がバンコクを歩いていたころ
古いポジフィルムから蘇る記憶。今はああだけど、昔はこうだった。タイの新旧を写真とともに振り返るコラム。
まえかわ・けんいち 2003年から2018年までダコ本誌にて『前川通信』を連載。特集からコラム、広告までをも辛口の批評をくれているダコ名誉顧問ライター。『タイ様式(スタイル)』(講談社文庫)など著書多数。また、旅行人HP(www.ryokojin.co.jp)にエッセイ「アジア雑語林」を連載中。