見えない世界を歩いた日
今回はサムヤーン地区で開催されている、とある小さな展覧会を案内するよ。展覧会といっても見るものは何もない。正確には、モノは置いてあるのに、ぼくたちの目には見えないだけなんだ。
この展覧会で見えるのは闇だけ。まるで瞼を閉じているかのような、真っ黒の世界だ。そう、ここは視覚障がい者の日常を体験する暗闇のソーシャルエンターテインメント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)」だ。
DIDは1988年にドイツで始まり、その後世界30ヵ国以上で開催。バンコクでは8年目を迎えた。調査によると、体験者の92%が視覚障がい者への理解が深まったと答え、すべての体験者が5年後も暗闇での様々な感覚や感情を鮮明に記憶しているという。
内部はガイド役のスタッフが案内する。ぼくが入った夕方4時頃は7人のグループだった。まずは携帯電話など手荷物をロッカーに預ける。携行できるのはわずかな小銭のみ。中で体験の一環として買い物をするためだが、買わなくても大丈夫。それから一人ずつ杖を受け取り、使い方を習う。杖は自分自身の安全を確保するのに不可欠な道具だ。見ることのできない世界では、杖を身体の一部のように操り、視覚以外の感覚を駆使する。
内部の詳細は伏せるが、ぼくの感想から想像してもらいたい。足を踏み入れた最初の5分ほどは、息苦しさと言いようのない不安を感じた。視界がまったくきかない状態では、周囲に何があるのかだけでなく、空間の大きささえわからないのだ。それと同時に、無重力のような奇妙な浮遊感があった。スタッフが絶えず声をかけてくれ、同行者たちも騒ぎ声を上げ続ける中でさえ、一瞬でも静寂が訪れると恐怖に襲われてしまう。すぐ近くに人がいるとわかっていても、この世で独りぼっちになったかのような孤独感にも苛まれた。暗闇がこれほどまでに人の心にダメージを与えうるものだったとは。
90分間の体験を終え、ぼくの世界に光が戻った。あそこでぼくが何を見たのか質問されたら、ぼくは心を見たと答える。暗闇の人生にも負けない人の心を。
ダイアログ・イン・ザ・ダーク
Dialogue in the Dark
場所:ジャムジュリー・スクエア4階
時間:平日:10時半~16時最終入場、土日:11時~16時半最終入場 無休
料金:150B(外国人)
FB:didthailand
ぺー=シリパン・ジェンタラクールラート
旅人、37歳。ダコタイ語版4代目編集長(~2015年)。現在はタイの大手出版社にて編集スタッフを務める。ダコ本誌で2009年から2018年2月まで「屋台の細道」(全108回)を連載。