福岡空港の到着階を出たところに、何軒かの食堂がある。その一軒、博多うどんの店に入った。カウンターで注文してうどんを受けとるスタイルの店内はそこそこ混みあっていた。うどんを啜っていると、ひとりのタイ人青年が、トレーにうどんを載せて近づいてきた。
「この席、座っていいですか?」
きちんとした日本語だった。彼が僕との相席を選んだ理由はわかっていた。互いに顔を覚えていたからだ。4時間前の成田空港。乗り継ぎカウンターで、僕の後ろにいたのが彼だった。
「福岡に行ってから羽田に……」
僕と空港スタッフの会話を彼も聞いていたのだろう。バンコク駐在の日本人の間で、「福岡修行」と呼ばれるチケットがある。スターアライアンスというグループのマイルを貯めている人たちが自嘲めいた顔つきで語る名だ。
スターアライアンスに加盟する全日空で成田空港往復便を買う。その運賃に200B加えるだけで、往路に成田―福岡、福岡―羽田を加えることができる。往路に成田から羽田まで福岡経由で向かうというばかばかしい航空券だ。
朝、バンコクを発つ。午後に成田に着き、そのまま福岡行きに乗りかえ、羽田に戻ってくるのは夜の11時頃だ。なぜ、こんな無駄なことをするのかといえば、マイルが貯まるからだ。国内線区間の1134マイルが200Bで貯まることになる。
マイルを貯める。それは海外で働く日本人駐在員にとって、飛行機に乗るときのささやかな、しかし唯一の楽しみかもしれない。それがタイ人にも広がりつつある。
「東京での研修が1年に2~3回あるんです。そのときはいつも、全日空の福岡経由。タイ国際航空より安いし、マイル貯まりますから」
博多うどんを啜りながらその青年は語った。マイルを貯めるために時間を浪費することへの後ろめたさがないところがタイ人らしい。
「福岡修行って日本人はいいます」
「修行? 学習するって意味?」
「少し違うな。でも、博多ラーメンじゃなくてうどんが好きなんだ。」
「天ぷら載せるとすごくおいしい」
そろって羽田行きの搭乗口に向かう。もうそういう時代なのだと思った。
旅行作家・下川裕治の往復便 ー タイ発日本行き 機上にて
しもかわ・ゆうじ 1954年(昭和29年)、長野県松本市生まれ。タイ、アジア、沖縄と旅を続ける旅行作家。ダコはじめ各国都市で制作するガイドブック『歩くシリーズ』の監修を務める。