男と女の学際研究 ~現役学者が微笑みの国を考察!~
5人の現役研究者が「日本男とタイ女」をテーマに、いろいろな角度から考察する連載コラムです。
今回の著者:文化人類学 片山 隆裕
1990年代、北タイ・チェンマイ県のN村でのフィールドワーク中、村内の高床式伝統家屋が、毎年少しずつ、瀟洒なスタイルの近代的家屋に様変わりしていく姿を目の当たりにしていました。
当時のフィールドノートを読み返してみると、そうした家々の若いタイ人女性たちには、チェンマイからほど近い外資系のH工業団地で働いている人が少なくなく、日系企業で働き、日本人男性と付き合いのある女性や結婚した女性もいました。
1985年のプラザ合意による急激な円高によって、日系企業にとってタイは生産拠点として魅力的な進出先となりました。
こうした背景の下、「北タイ」という地方に出現したH工業団地は、タイ政府主導による地方経済振興政策の要でした。1999年末時点で、この工業団地で操業する60社余りのうち約半数が電子・電気機器関連の日系企業で、全雇用者数3万人近い被雇用者のほとんどが北タイの出身者です。
豊かさを競い合ったタイ女
平井京之介は、1980年代後半に北タイの農村地帯に突如として出現した巨大工業団地で働くタイ人女性工場労働者たちが、その収入の大半を家の新築や家財道具の購入につぎ込んでおり、家にどれだけ豊かなモノを揃えたかを村の同年代の女性同士で競い合っていることを指摘しています。
工業団地で働くタイ人女性たちはまた、肌を露出するノースリーブやタンクトップを身に着けて、ショッピングモールやディスコに出かけて休日を楽しむ、という具合に、生活スタイル面でのモダンさも競い合っているように見えました。
「近代的な女性らしさ」を獲得しながら、モダンに瀟洒に「家を化粧する」ことで経済的実利を得るという営みは、女性の経済的役割に価値をおくタイの伝統的ジェンダー役割の現代版に思えます。
そして、その背景に日系企業とそこで働く日本人男性が少なからぬ関わりをもっている、ということなのかもしれません。