プーケット周辺にはマングローブの林が多い。小島の海岸線に沿った一帯に、マングローブの林が広がっている。パンガー湾などには、マングローブの林をシーカヌーで訪ねるツアーもあると聞く。
さまざまな場所の土を集め、そのなかに生息する生物の個体数を拡大鏡を使って調べた結果を見たことがある。生物の数がいちばん多いのは、ビーチの砂浜だった。波が打ち寄せては引いていくエリアが、地球上で最も多くの生き物が生息しているというのだ。
マングローブの林である。海水が流れ込み、ときに真水と交わる一帯。そこにはマングローブが根を張っていくが、その周囲の砂地は、地球上の最も多くの生き物を育む環境が守られている。
プーケットの南、マレーシア領になってしまうが、ランカウイの島で以前、こんな話を聞いたことがある。
この島が王国だった時代の話だ。この一帯に暮らす女性が子どもを生む。その直後、母親は生まれたばかりの赤ちゃんを抱き、マングローブの林の水が溜まった場所に体を沈めるのだという。儀式のように、ちょっと水に浸るという意味ではない。赤ちゃんを抱いて、その水のなかで半日、じっとしている。翌日もマングローブの林に赤ちゃんを抱いてやってくる。そして、赤ちゃんと一緒に水に体を沈め、また半日……。
プーケットを中心にした一帯ではかつて、そうして母親の体力を回復させ、赤ちゃんを元気に育てていったのだという。日本流にいうと産後の肥立ちである。そのゆりかごはマングローブの林だったのだ。
母親は体に布を一枚巻いているのだろう。そこで裸の赤ちゃんを抱き、ゆっくり体を沈めていく。水は温かい。ときに赤ちゃんは寝てしまうかもしれない。その光景を、プーケットのマングローブの林を眺めながら想像してみる。
それは不思議な光景かもしれない。母親と赤ちゃんが、差し込む木漏れ日のなか、マングローブの林でただ水に浸っているのだ。
僕にはふたりの娘がいる。ふたりとも病院で生まれた。出産の知らせを受け、妻に抱かれた我が子とガラス越しに対面する。まだしわくちゃな我が子を、妻は化粧っけのない顔で抱いている。出産を終えた妻の顔は安堵に彩られ、優しげな母性を発している。
その場が、プーケット一帯ではマングローブの林だった。そこは地球上で最も生物の数が多い砂地である。母と子はその生物世界と一体化し、母は体力を回復させ、赤ちゃんは育ちはじめる。
プーケットのビーチには、そんなエネルギーが潜んでいる。リゾートとは、つまりその密やかでいながら、たしかな力に触れることなのかもしれない。