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現代アーティスト・杉山健司インタビュー/「覗き込まないと見えてこない自分だけの世界を」

スパゲッティの空き箱を覗き込むと、ディテールまでこだわって作り込まれたミニチュアの美術館が広がっている。作品自体の小ささからは想像もつかない、鏡の反射を巧みに使って創出されたどこまでも続く空間に、吸い込まれそうな感覚になる---。

そんな鑑賞者参加型のジオラマティックアートを創り出す現代アーティスト・杉山健司さんの個展「IIM – Inside the Head」が、7月27日(水)までバンコクの「La Lanta Fine Art」で開催中です。バンコクでの個展は7年ぶり、二度目。コロナ禍を経て戻ってきた杉山さんの作品たちについて。

取材・執筆/日向みく

杉山 健司 IIM – Inside the Head -1

今回の展示会の目玉の一つ、箱の中に架空の美術館が作られた「Institute of Intimate Museums」。このたび、アメリカで展開される現代美術館とブティックホテル、レストランの複合施設「21c Museum Hotel」のコレクション入りが決まりました

杉山 健司/Kenji Sugiyama
1962年・愛知県生まれ。大学時代に油彩を専攻した後、空間を生かしたインスタレーションを制作。「I.I.M – Institute of Intimate Museums」は1998年にカナダから始まり、現在まで続く同氏の代表的なシリーズ。主な受賞・助成・参加プログラムは「International Art Meet DIMENSION4 / ピラーニ インド(2018)」「Young Artists Studio Artists and friendship booklet ティンゲリー美術館 / スイス(2015)」他。
Instagram:kenjisugiyama_works
Facebook:KenjiSugiyamaIIM

「個人的な記憶を作品に投影しているという意味で、僕は “自分のためのアート” を作っているんだと思います」

−2015年に同ギャラリーで初の個展を行い、今回は二度目の開催ですね

前回も今回も、海外のアートフェアでご縁があったタイ人ディレクターにオファーを頂き、バンコクでの開催が実現しました。海外の個展は2年以上ぶりで、高揚感と緊張が入り混じっています。

− 今回の個展「IIM – Inside the Head」(親密な美術館)のコンセプトとは?

タイトルには「僕の個人的な美術館が、鑑賞者の私的な美術館になる」という意味を込めています。ギャラリーに展示している作品はすべて、僕の頭の中だったり、過去の思い出だったり、自分自身に関係した個人的なもので展開しています。
僕の作品は、内部を覗き込んでもらって初めて体験できるという、ちょっと変わった立体のアートでして。「覗く」という行為を通じて、僕の内的世界と皆さんとの間に親密な繋がりを構築したいという意図もあって、タイトルに 「intimate(親密な)」を入れました。

 

杉山 健司 IIM – Inside the Head -2

覗き込む角度によっても見え方が変わる杉山さんの作品

 

− 杉山さんの代表作「アウトサイド」(美術館)や「インサイド」(人形)などに共通するテーマを教えてください

自分の「記憶」や「思い出」に関連したものが多いですね。たとえば美術館の作品でいうと、架空のギャラリーに飾ってある絵はすべて僕の過去の作品です。
人形の作品についても、内部の図書館のような空間は自分の頭の中を表現しています。本棚に収まっている本はすべて、過去に開催した展覧会のフライヤーやDMなどを使って制作しました。
本を一つひとつ眺めていると、「あの展覧会ではこんなことがあったな〜」とか、当時の記憶が呼び起こされるんです。作品自体が僕にとって「思い出のアーカイブ」になってるんですよ。個人的な記憶を作品に投影しているという意味で、僕は「自分のためのアート」を作っているんだと思います。

作品の中には過去に杉山さん自身が使ったフライヤーの姿も

− 今回、日本に先駆けての新作があると伺いました

そうですね。「マインドパレス」は人の頭を形どっていて、自分の頭の中にある「記憶の本棚」をイメージして制作しました。この作品の本も、過去の展示会のフライヤーやDMからできています。
インサイドシリーズの新作は、和紙に壁紙をドローイングしていて、内部を覗いてもらうと万華鏡のような世界が広がります。
覗き込むためのフレームをあえて小さく限定しているのは、一人ずつ鑑賞してもらって、そのプライベートな空間をじっくり味わってほしいから。カメラやビデオ越しでは分からない、一度きりの限定した体験を楽しんでもらえると嬉しいです。

自分の頭の中を表現した「マインドパレス」

「覗き込む」の代名詞・インサイドシリーズの新作

 

− インサイドシリーズに登場する人形は特定のモデルがいるのでしょうか?

僕の若い頃の姿や、息子ですね。最近の制作では、息子に「なんかカッコいいポーズしてよ」とリクエストをして撮影させてもらい、その写真を見ながら樹脂粘土で形作っています。息子はアメリカン・コミックスが好きで、彼の自前のフェイスマスクが登場している作品もありますよ。

「コロナ禍だからこそ生まれたアイデアで、今後の可能性が広がったと感じています」

− 改めて、現在の作風に至った背景をお聞かせください

僕は油絵出身なんですが、大学を卒業するくらいの時期に「絵は自分の魅せ方ではない」と気付いて、立体に転向しました。当初は今のようなミニチュアではなくて、大規模なインスタレーションを制作していました。でもずっと、「自分が本当に作りたいものはこれじゃない」というモヤモヤがあって。
方向性に悩んでいた時、小学生時代にプラモデル制作に熱中していたことや、細かい作業が好きだったことを思い出したんです。当時はカナダに住んでいたのですが、半年ほどかけてコンセプトを練りに練った末の1998年、スパゲッティの空箱を使った作品が誕生しました。そこから現在に至るまで、制作の土台となるコンセプトはほとんど変わっていないですね。

今回の個展でも見ることができる“箱の中の美術館”

 

− 制作のアイデアはどのようにして生まれるのでしょう?

日常のふとした気付きが制作のヒントに繋がってきました。スパゲッティの空箱の作品を作った時もそうでした。カナダ生活でよく食べていたスパゲッティがあって、その空箱をぼんやり眺めていたら、スパゲッティの太さが見えるようにフィルムの窓が作られていることに気付いたんです。なんとなく中を覗き込むと、その窓から光が差し込んできて、「建物みたいできれいだな……そうだ、この中にギャラリーを作ろう!」と閃きました。

基本的には、「自分が見たいもの」や「お客さんが喜んでくれそうなもの」を起点に作品のイメージを湧かせています。

 

瞳の中にはどんな仕掛けが…?

− コロナ禍によって制作や考え方に影響はありましたか?

コロナ前まで海外で定期開催されていたアートフェアはすべて中止になり、国内での活動も制限されるなど、正直いろんな葛藤がありましたね。僕の作品って体験型のアートなので、オンラインではどうしても伝わり切らない部分が大きいんですよ。お客さんの反応が僕にとって最大の原動力だったので、モチベーションを維持するのにも苦労しました。
ヨーロッパのギャラリーからは継続して制作依頼をもらっていたんですが、締め切りに追われながらひたすら「作品を作って送る」を2年も繰り返すうちに、自分がまるで「制作マシーン」のような気がして……そんなやりきれない虚しさを感じたこともあります。

一方で、外に目を向けられない代わりに、身近なところから制作のアイデアを得られたのはポジティブな変化でした。僕の妻もアーティストなんですが、彼女と一緒に「ウチの犬の言うことには」というタイトルで、愛犬のフレンチブルドックの視点で制作した作品の展覧会を開催したんです。
これまでと全く違う角度からの展覧会でしたが、とくに動物好きの方から「おもしろい」と嬉しい反響をいただいて、僕らとしても新鮮な気持ちでした。コロナ禍だからこそ生まれたアイデアで、今後の可能性が広がったと感じています。

− 今後の予定について

国内でも海外でも、徐々に展覧会を再開していきたいですね。あと、さきほどお話した犬視点での作品の展覧会を、もう少し大きな規模で開催しようと計画中です。コロナ禍を経て、ようやくお客さんに対面でお会いできることが心から嬉しいです。多くの人に楽しんでもらえるよう、おもしろい内容にしたいと意気込んでいます。

同じくアーティストである奥さま・浅田泰子さんとコロナ禍に開いた2人展「ウチの犬の言うことには」のパンフレット

杉山 健司 IIM – Inside the Head -12

時に杉山さんの作品づくりもサポートする奥さまと

 

− 取材者より
終始にこやかな笑顔で、どの質問にも丁寧に答えてくださった杉山さん。彼の作品を覗き込んだ瞬間、内部に広がる非現実的な世界観に迷い込み、思わず驚きの声を上げてしまいました。「記憶」は誰しもにある普遍的なもの。杉山さんの個人的な作品を通じて、鑑賞者である私たち自身の記憶も喚起されるような気がしました。コロナ禍を経てさらなる進化を遂げた杉山さんが、今後どんな作品を届けてくれるのか楽しみでなりません(日向)

杉山健司 個展「IIM – Inside the Head」杉山 健司 IIM – Inside the Head -13

期間:6月11日〜7月27日
時間:10時〜19時
定休日:日曜・月曜
場所:La Lanta Fine Art
Unit B, 3rd Floor, 2198/10-11 Narathiwas Rajanakarin Road, Soi 22, Chong Nonsi
(BTSチョンノンシー駅乗り換え、BRTタノンチャン駅(Thanon Chan)下車、徒歩5分)
WEB:https://lalanta.com/
Facebook:lalantafineart
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