旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」

旅行作家・下川裕治が見るタイの「今」/隔離生活中に受けとったメッセージ【バンコク急行】第26回

2月から3月にかけ、タイと日本で隔離生活を体験した。バンコクで2週間、日本は成田空港近くのホテルで4日……。新型コロナウイルスの水際対策である。

一歩もドアの外に出れない。それが隔離ホテル暮らしだ。いや、一歩だけ許される。

廊下から防護服がすれる音が聞こえてくる。食事が届いたのだ。それをとるためにドアを開けて一歩……。許された一歩である。

食事を手にとり、「独房のようだ……」とひとりごちる。人との接触を断つことが感染拡大を防ぐ。それはタイも日本も同じだ。

この隔離を嫌って海外に行かない人は多い。しかし僕は本を書くということを生業にしている。原稿は簡単には進まない。遅れるから、自主的な缶詰状態に入る。それを繰り返している。缶詰と隔離は大差はない。缶詰から隔離までの道は平坦なのだ。

長年の缶詰経験からいうと、その期間、実に余分なことを考える。原稿ははかどらないわけで、缶詰部屋の天上の染みとか、敷きっぱなしの布団の柄について考えてみたりする。飲むコーヒーの濃さについて、カップの前で腕を組んで考え込む。

タイと日本の隔離──。違いはなんなのかはやはり考えてしまった。

日本の隔離期間は短いが、無料だ。タイは有料だから、その違いは大きい。隔離ホテルの部屋が狭いとか、毎回、同じような弁当で飽きる……といった日本での愚痴は無料というシステムに吸い込まれてしまう。

しかし2カ国の隔離を経て思ったことは、タイの2週間隔離のほうが楽……ということだった。この違いはなんなのか。

ふっとひとり頬を緩める。昔からタイにいると思い出し笑いをすることがよくあった。本人は真面目なのだが、どこかおかしい。その頻度は日本人よりはるかに多い。

今回も隔離中の昼食にクイッティオが出たことがあった。香辛料は小袋に入ってついてくる。唐辛子入りの酢の袋がなかった。「まあ、いいか……」と思っているとドアをノックする音。出てみると、5メートルほど離れたところに防護服姿のおばさんがぽつんと立っていて、盛んにドア横を指さしている。見ると皿が置かれ、そこに酢の小袋が3個。

「こんなにいらないけど……」

つい笑ってしまった。

隔離ホテルでは毎日、検温がある。体温をラインやメールで送る。タイのホテルはラインだったが、送るとコニーが登場し、ぐるぐるまわって「Thank you」。この種のタイ的なお節介はときに気になるが、66歳の日本人は、進まない原稿を睨みつつ、「こんなキャラクターで」と呟きながら、つい笑っていた。

「ありがとうございました」という言葉だけが送られてくる日本との違い。これを天性というのだろうか。

下川祐治
(しもかわ・ゆうじ)

アジアや沖縄を中心に著書多数。新刊は、『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』(朝日文庫)、『台湾の秘湯迷走旅』(双葉文庫)。
   『下川裕治のアジアチャンネル』

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