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チェンマイ銀砂館の日々
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      この寺名を正確にはどのように発音するのか分からない。英語表記のひとつによれば、スリー・ギャットとも読めるはずである。スリーは、“聖”“菩提樹”などの意味だろうが、“Goet”については分からない。ターペー通りを西にたどりコンコースから旧市街に入ると、道の名前はラチャダムヌン道路と変わる。突き当たりに名刹プラシン寺があるが、いま調べているスリーギャット寺はその直前にある。
    大昔、チェンマイの至宝“プラシン仏”はまさにこの道を通って運ばれてきたのである。目的地は、プラシン寺を通り過ぎてスアンドク門から外に出て、しばらく行ったところにあるスアンドク寺であったが、ブサボック(仏像など高貴なものを運ぶための車)に乗せられたプラシン仏が市場(現在のプラシン寺)のところまできたとき、ブサボックは動かなくなった。仏像の意を悟った王はここに寺を建立し、仏像を安置することにした。これがプラシン寺の縁起である。
    さて、スリーギャット寺であるが、多くの資料を読むと色々不思議なことのある寺である。うち5つをあげると次のようなことになる。
     ①チェンマイよりも古い歴史をもつ寺かもしれない。②チェンマイ創成前、このあたりにルア族が住んでいたが、彼らが崇拝する守護神の像が発見されたので、その扱いについてマンライ王がルアのボスに伺いをたてた。④ケンコン仏(尖った脛の仏像)という有名な本尊があるが、その歴史も謎に満ちている。④廃寺からこの寺に移されたのであるが、その廃寺の場所がはっきりしない。⑤大乗の寺である。
      昨日の記事を読み直していて高校時代のことを思い出した。あの時代には何人かの数学の先生と出会った。担任も数学の先生であった。
    先生はときどき黒板に向かって跳び上がったりされた。「いま教えている解法は重要だ。自分が跳び上がれば、その驚きと一緒に解法が頭の中に固定される可能性がある」、と先生はその不思議な挙動を説明された。
    ある先生は手作りの教科書で講義をされた。薄くもないテキストだったが、先生の頭の中にはそれが完全に記憶されているようだった。講義を進めるときまったく教科書を見ないばかりか、質問に対しても、「何ページの右下を見なさい」、というように言われるのであった。
    また、ある先生は長い解法を黒板に書いていくうちに、途中のミスのために行き詰ったとき、「なぜ自分のミスを教えないのか」、と怒られた。わたしたちのほうは、ただ黒板の解法を写しているばかりで誰もミスのことなどに気がつかなかったのに、である。
    そんな経験が、数学者=変人、というわたしの基本認識の基礎になっているのである。当時の古い友と話してみると、それぞれの記憶に残る先生方の像は一致しない。わたしは、そのころから国語関係の科目には興味があり、先生の講義には疑問をもつことが多かったが、旧友たちは全くそんな齟齬はなかったと言う。ときどき思い出す、何十年も昔のことである。
      今日も最初はお茶の水大数学の藤原正彦先生である。ネットを見ると専門は数論とあるが、これがいかなるものであるか全く分からない。知っているのは物書きのほうで、「国家の品格」などを著したこと。文藝春秋誌上での活躍もよく知っている。数学者というと思い出すのは、先輩の「数学は哲学ですからね」、という言葉である。たしかに云い得て妙である。その奇妙な先生方の列伝。
    かつて奈良女子大で教鞭をとられた岡潔先生。[松岡正剛の千夜千冊]小林秀雄は驚くべき人物だった。舞台袖から演壇にゆっくり歩いてきてそこに立つや、いま茶碗で冷や酒をぐっと一杯ひっかけてきたんだが、こういうときに冷や酒で喉を潤しながらぼくが喉ごしに考えていることなど、みなさんにはどういうものかおわかりにならないでしょう。~そんなことを言って、話を始めるのである。「その講演の半ば、みなさんは岡潔という数学者を知っているか、あの人は日本のことがよくわかっている人だ。それは日本人が何を学習するのがいいかということをよく知っているからだと言った。~これはぼくを狂喜させた。毎日新聞の岡潔の連載に言い知れない満足を感じていたからだった。
    秋山仁先生。髭を生やし、長髪にバンダナを巻くという学者らしからぬスタイルでテレビ出演もしている。通称「レゲエ教授」。かつては駿台予備学校で予備校講師もしていた。数学検定の会長なども歴任。NHK高校講座「数学基礎」の講師を担当している。
    すでに紙幅は尽きたがもう一人、S.ホーキング教授。2009年までケンブリッジ大の数学関連分野のルーカス教授職にあった。
      土屋賢二先生は、お茶の水女子大学人文学科の教授である。先生が今年の2/18の週刊誌に書かれたものによると、「この三月で定年退職になる」とあるが、先生の場合は、それが本当のことなのかガセなのか俄かには分からない。ある紹介には、教授職の傍らユーモアエッセイを執筆。一見哲学的な深い洞察をしているように見えながら実は論理的に奇妙な文章になっているという、学術論文をパロディ化したような独特の作風。そこからついたあだ名が「笑う哲学者」、と失礼なことが書いてある。著書も多いが、『われ笑う、ゆえにわれあり』『われ大いに笑う、ゆえにわれ笑う』『哲学者かく笑えり』『人間は笑う葦である』『ツチヤの軽はずみ』『棚から哲学』などの面白そうなタイトルがならんでいる。いちじ先生の本に凝って何冊も読んだことがあるが、ヒゲをはやした先生のカリカチュアが面白かったことを覚えている。大学の教え子の中には漫画家の柴門ふみがおり、イラストを描くいしいひさいちは小学校の後輩だということである。
    ときおり学校時代のことを思い出す。先輩や同輩のことはよく思い出すが、お世話になった先生方のことはなかなか思い出さない。できのわるい学生だったので、いつも先生方から距離をおくようにしていたことの付けがこんなところに現れているのかもしれない。しかし、自分も先生方も歳をとったことでもあるし、誰か同窓会でもセットしてくれないものかと、密かに思ってもいるのではあるが…。
    一年前に予約してあった定期検診に行ってきた。聴覚異常ということで、その進行状況をチェックするためである。いずれにせよ、加齢にともなう異常なので検診したところで意味は薄いのではあるが…。例によってカッパゲと話すのが愉しい。「先生、その後進行状況はいかがです?」「このくらいに刈っておくと目立たないでしょう」。忙しい職場である。「あまり休みがとれないので年休がたまっています。そのうちまとめて何日かとろうと思っています。職場には使わなかった年次休暇の買い上げという制度もないですし…」。それで昔の職場のことを思い出した。年休を全く使わなかった年が何年もあり、55歳で退職するとき会社はそれを買い上げてくれたのである。今は時代も違うし、一日も年休を使わないなどということは考えられないのだろうが、昔はそんな人はいっぱいいたと思う。
    帰りは寺を見ながら3kmほど歩いた。いま調べている寺には、“Phra Puttha Khen Chan”、という本尊があるので、それを見るために歩いたのである。一般には“尖った脛(スネ)の仏陀”、と訳され、尖った脛をもつことで知られている。本堂にいた若い僧と話すことができた。「本尊は脛だけでなく、指、螺髪、鼻や顎なども尖ったように造られています」、ということだった。一応写真も撮ったが、いかんせん曇り空のもと、本堂の中は暗い。捲土重来を期して引き上げてきた。Wat Sri Koetという寺で、チェンマイの町ができる前からあったと、伝説が語る古刹である。
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    商売繁盛記
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